わたしたちは、カラダで思考している

      2017/09/22

こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

 

『考える』という言葉を聞いて、ほとんどのひとは、

頭でするものだと思い込んでしまっているでしょう。

他の動物と比べて、わたしたち人間は脳が発達したがために、

論理的な思考というものを働かせることが可能です。

 

この『論理的な思考』ができる、ということが、

人間らしさでもあると思います。

 

しかしながら、『考える』ということは”脳”だけの仕事ではありません。

実は、脳で思考を巡らせるためには、

カラダの感性というものが欠かせないのです。

過去の情報だけで、思考を働かせているわけではないのです。

 

思考を巡らせる前に、カラダの反応があって、感情が沸き上がり、

その湧き上がった感情に、過去の記憶情報を呼び起こして、

意味づけする、というプロセスが、思考の流れがあるのです。

 

今日のブログでは、『カラダで考える』ということについて

話を展開していきたいと思います。

 

 

 

カラダを使って考えている”わたし”

 

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認知は身体化されているものです。

 

わたしたちは、カラダで考えるのであって

脳だけで考えるわけではありません。
 

 

日々の生活の中で、わたしたちは様々な刺激を受け続けています。

 

そういった刺激に対して、自動的に反応するプログラムに

支配されながら生きているわけです。

 

 

わたしたちは、何でもかんでも頭で考えて、その刺激に対する

反応を選択している、と思い込んでいる側面があります。

 

しかしながら、それは正しくもあり、間違いでもあります。

 

頭だけで考えるということではなく、

実はカラダでも考えているんです。 
 

 

 

『カラダで考えている』ということを聞いて、

あなたは疑問に感じてしまっているかもしれませんね。

 

先にも書いたように

わたしたちは、先行刺激に対して、自動的に反応している

プログラムというものを、いくつも、持っています。

 

それは、先行刺激に対して、過去の様々な体験の記憶情報から

その刺激と関連する情報を呼び起こして、刺激と

関連づけることで、ひとつのストーリーをつくりあげているのです。

 

その過程を経て、出来上がったプログラムによって、

自動的に動かされている、生きているともいえるのです。
 

 

このように書いていることだけを読むと

頭の中で、瞬時に過去の記憶、情報を呼び起こし、

先行刺激と関連づけて整合性をもたせるように

組み立てている、と感じてしまうかもしれません。
 

 

しかしながら、

様々な情報を呼び起こすためには、脳の中にある記憶から、

何でもかんでも引っ張り出してくればいい、

というわけにはいきません。

 

過去の記憶情報から、引っ張り出してくるには

その先行刺激と関連したものが、呼び起こされることが重要

になってきます。

 

そうじゃないと、刺激に対しての反応として、

適切ではない反応をしてしまうことになるからです。

 

 

そのために、”カラダの反応”というものが、

記憶を呼び起こされる際のキッカケというか、

一つの基準となっているところがあります。 

 

 

カラダで考えているというのは、先行刺激があったときに

頭よりも、まず先にカラダの方が反応しているのです。

 

 

その反応をもとに、脳では自分自身が”どのように”

その刺激を感じているのか、捉えているのか、

ということを瞬時に判断しているわけです。

 

カラダの反応というのは、これまでの人類が生き延びるために

引き継がれてきたDNAに刻み込まれたモノもありますが、

これまでの人生の体験によって、全身のあらゆる筋肉に

刻み込まれている情報というものも存在します。

このように、感情と非常に密接に関連した

筋肉の反応というものが記憶を呼び起こす際には、

重要な情報源となっているのです。

 

 

分かりやすくいうと、カラダのある部分の緊張は、

過去の体験から、その刺激は自分にとって嫌なものであり、

怖いものから起こっているものである、といったような

感情と深い相関関係がセットで刻み込まれている情報なのです。

 

 

カラダのある部分が緊張している自分というのは

つまり、自分自身が怖いと感じているということなんです。 
 

 

頭で考えて、その刺激が、怖いもの、と認識しているのではなく

カラダが、その刺激に対して怖いものであると、

感じているから緊張をしていて

それを脳で理由付けして、怖いと認識している

ということになるのです。 
 

 

だから、認知は身体化されている、ということなんですね。

 

わたしも、普段のクセとして、自分自身のカラダを内観する、

ということを実践し続けています。

 

 

自分が、先行刺激に対して、どのように頭で考えているのか

(思考がどうなっているのか)、ということをみるのと同時に

 

カラダのどこの部分が反応して、緊張しているのか

どういった感覚になっているのか

どういった変化があったのか

ということをできるだけ観察するようにしています。 
 

 

なぜ、そんな面倒くさいことをしているのか?

 

わたしたちは、意識的に生きていかないことには、

自動的に生きてしまう生き物なんです。

 

感覚的には、自分の主観的な意識をもって、

様々な選択をしながらひとつの結論を導き出している、

と思っていますが、実は、それは思い込みにすぎません。

 

自動的に働いてしまっているプログラムに任せっきりだと

自分が意図しないことを繰り返してしまい、

そのことによって、同じ悩みや苦しみを抱えてしまいます。

 

もちろん、自動化されているプログラムによって、

省エネで生きることができる上に、あらゆる活動を

スムースに行える、という恩恵も十分に受けているということは、

付け加えさせて頂きますね。
 

 

 

感情をニュートラルに捉える

 

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話を戻して、そういった過去があるからこそ、

自動的に働くプログラムにばかり任せっきりで

生きていくことはしたくない、という思いがあるのです。

そういった中で、自分自身の思考やカラダをよくよく観察していると

感情が湧き上がるときって、すでにカラダの方が、

何らかの反応を示していて

その反応をもとに、自分自身が怒っているのか、とか

嬉しい、悲しい、とか、そういった認識をしているように感じるのです。 
 
 
 

それは、過去の経験からつくり出されたものということにもなるわけです。

感情が湧き上がったら、そのときに重要なのは、

その感情に巻き込まれない、ということでしょう。
 

 

感情に巻き込まれてしまったら、表面的なことしか

みることができなくなってしまいます。

 

 

自動的に発動されてしまうプログラムを一旦停止させるためには、

感情と一定の距離を置いて、感情をニュートラルに捉えることが重要です。

 

感情を悪いものとして捉える必要はないでしょう。 
 

そもそも感情に”良い”も”悪い”もありません。

 

 

わたしは、いま、こういう感情を抱いていて、それは、

悪いものだから、その感情が出ないように閉じ込めておこう、

といった感じにしてしまうと自分の中に、どんどん

負のエネルギーとして溜まっていってしまいます。

 

無理矢理、ポジティブシンキングしなくても良いのです。

 

”良い”、”悪い”というラベル付けをせずに

自分自身の中にどういった感情が湧き上がってきて、

そのときに、カラダのどこが緊張しているのか、

ということを観察してみると良いでしょう。 

 

そうすれば、”いま”あなた自身が、どういう感情を感じている、

ということを認識することができるし

そのときのカラダの反応を観察することで、

カラダの反応と、感情との関連性を知ることができるのです。

 

 

そのように、自分自身が発動させているプログラムの

”分解作業”をやってみることで自動化されているプログラムを

書き換えることができるようになり、そのプログラムからの

支配状態から抜け出すことができるようになります。 

 

 

カラダのある反応が、その感情を引き起こしているだけであって、

本当は感情が反応する必要がなかったかもしれない。

わたし自身が、自分自身を観察していて、

そういったことが多々あるわけです。

 

 

”事実”と”思い込み”とを分けることが重要

 

カラダに起こっている反応は、事実そのものではありますが、

その反応を、頭で認識するときに事実を通り越して、

様々な情報が付け加えられることで

”思い込み”になってしまっているわけです。

 

自動化されているプログラムに任せっきりでは、

現状維持でしか生きていけません。

これまでにつくり出したプログラムに

支配され続けて生きていくことになるのです。 
 

 

もし、いまの人生が

この上なく幸せで、満たされていると感じているのであれば、

何も”いま”のプログラムを書き換える必要なんてない。 
 
 
 

しかしながら、そう感じられないのであれば、

いまのプログラムを見直すことが欠かせないのではないかと思うのです。

 

 

自分自身で、積極的に介入しなければ、いつまで経っても、

現状維持でしかありません。

 

これまでの過去を踏まえて、自分自身を

成長させるために、進化させるために

いま、もっているプログラムを書き換えていくことで、

どんどん道は開けていくでしょう。

 

 

あなたは、日常生活の中で

どれだけ、自分自身のカラダに意識を向けているでしょうか?

 

 

カラダがあってこその世界。

様々なことをカラダで感じて、考えている。

そのことを体感し、認識するだけでも、

ココロもカラダは変化するものなんです。

 

他でもない、自分自身のカラダです。

それと向き合わずして、外の世界は何も変わらないでしょう。

 

 

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より体感しやすいということで、変化も実感しやすいという側面があります。

もちろん、どちらも大事です。

ココロとカラダを比べたときに、カラダの方が

取り組みやすいってことだけです。

 

カラダの感性を開き、あなた自身との”つながり”、

”一体感”を取り戻すこと。

ぜひ、カラダから取り組んでみて下さい!⬇️

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