世界を広げるために必要なこと

      2017/09/21

どうすれば、“いま” の生き苦しい状況から抜け出すことができるのだろうか?

どうやったら、“わたし” のココロとカラダを解放することができるのだろうか?

 

あなたは、そのような悩みや苦しみを抱えながら生きていませんか?

 

どうも、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

今日のブログでは、あなた自身のココロとカラダを解放するために

必要なことを体感的に理解してもらいたいと思っています。 

 

そのために、ある『ワーク』をご紹介したいと思います。 

 

その『ワーク』をやることによって、

ただ知識や情報を頭に入れただけでは

知ることのない世界を感じて欲しいと思うのです。

 

 

実際に、体感することではじめて触れることのできる世界があります。 

その世界に、ちょっぴり足を踏み入れてもらって、

そこで感じたことを今後の人生に活かしていってもらえたらと思います。

 

このブログを最後まで読んで頂けると、

あなた自身で、ココロとカラダの解放をするための力を

手に入れるための “気づき” や “ヒント” を得ることができるようになるでしょう。

 

 

あなた自身で、コントロールできる部分はコントロールできる力を身につけること。

それが、あなた自身の人生を自由で、創造的なものに

創り上げていくために欠かせないことなのです。

 

 

 

生きることは苦行なのか?

 

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生きていると、もちろん楽しいことも、嬉しいこともあります。 

しかしながら、それはほんの一部ではないでしょうか?

 

そういったものは、わずかな “とき” でしかない。

儚い夢のごとく、足早に過ぎ去っていくものです。 

永遠には続くことのないものだから、

ついそういったものを求めてしまいがちです。 

 

でも、あなた自身のこれまでの体験からも理解できるように

そういったものに執着すればするほど、

より『苦しみ』を生み出し、抱え込んでしまうようになるのです。 

 

 

仏道の言葉に『一切皆苦』という言葉があります。

生きるということは、『苦しみ』でしかないということですね。 

 

じゃあ、なぜ『苦しみ』でしかないのか?

あなたは、そのことを考えたことはありますか? 

 

直接的には考えたことがないかもしれませんが、

間接的には日常生活の中で、時々思ったり、考えたことがあると思うのです。

なぜわたしがそのような出来事に巻き込まれなきゃいけないのか?

なぜ、そのような苦しみを感じなければいけないのか?

など・・・

 

 

それを、あなた自身が自覚しているのかどうかは別の話として

そういったことを、これまでの人生において何度も感じてきたことだと思います。

 

 

『世界は矛盾と葛藤でしかない』

 

わたしたちが『苦しみ』を感じてしまうのは、

『世界は矛盾と葛藤でしかない』ということがあるからです。

この言葉の意味するところを、理解できますか?

 

まるで哲学の問いのようなものに感じているかもしれません。

でも、決して難しいことではないのです。 

 

 

『世界は矛盾と葛藤でしかない』というのは、どういうことかというと、

わたしたちには、少なからず “わたし” や “自分” という感覚があります。 

それは、わかりやすく言い換えるならば

『自我』と言っても良いかもしれませんね。 

 

わたしたちは、 “わたし” や “自分” という感覚を持っているからこそ、

自分の外側の世界と交わったときに、

あらゆる矛盾や葛藤と出会うことになるのです。

 

もう少し噛み砕いて説明すると、自分の価値観ってありますよね?

100人いれば、100通りの価値観がある。 

他者と関わることで、自分とは異なる価値観と交わることになるわけです。

自分とは異なる価値観と交わるときに、

その異なる価値観を受け入れることができるのかどうかということが重要になってきます。

 

 

つまり、どういうことかというと

他者の価値観と、自分の価値観は異なっているということを頭では理解していても、

自分の価値観と異なる価値観は、簡単には受け入れることができない。 

 

自分の価値観と異なる価値観を受け入れてしまうと、

それまで、絶対化してきた自分の価値観が “ゆらぐ” ことになるからです。

 

わたしたちは、絶対化しているものが “ゆらぐ” と

精神不安の状態に陥ってしまいます。

 

 

感情でいうと、『不安』や『恐れ』の感情が沸き上がり、

その湧き上がった感情に支配されてしまうということになるわけです。

精神不安の状態に陥ってしまうと、一刻も早くその状態を解消したい。 

そのように思う生き物なのです。

 

だから、そのような精神不安の状態に陥ってしまうことを

極力避けながら生きているということでもあります。

普段、普通に生きていたら必ず、他者と関係することになりますよね?

他者と関係することなく、あなた一人だけで生きていくことなんて、

この世の中ではできないのです。

 

他者と関係したときに自分の価値観とは異なるものを受け入れてしまうと、

あなた自身が “ゆらいでしまう” ということになってしまいます。 

そうならないように、どうするのかというと、自分の殻に閉じこもってしまうのです。

自分の壁を強化して、自分の殻の中に引きこもってしまう。

それは、つまり自分の価値観を絶対化するようになるということです。

 

その結果、あなた自身のココロとカラダは、

どんどん自分の内側に向かって閉じこもっていくことになるのです。

 

 

自分自身を守るため

自分自身を精神不安の状態に陥らせないために

どんどん内側に閉じこもっていく。

それが、自然であり、本能的な行動なのです。

 

みんな自分の外側の世界が『怖い』のです。

たとえ、あなたの周りにオープンなひとがいたとしても、

必ず自分の外側の世界への『怖さ』というものを持っている。

もし、その『怖さ』というものを持っていないと思っているなら、

それは自分自身に対して『無知』であるということです。

 

『怖い』と感じている自分自身を知らない。

それは、重大な問題です。

 

自分への『無知』は、あらゆる問題を生み出し、

抱え込んでしまう原因となってしまいます。

自分という人間理解が深まれば、深まるほど

あなた自身の生み出す、抱え込んでしまう問題というものは、

なくなるのです。

 

『無知』がゆえに、あらゆる問題を生み出している。

そのことを知ることが重要でしょう。

 

 

『苦しみ』って必要なのか?

 

わたしたちを生き苦しく感じさせる原因となっている『苦しみ』。

その『苦しみ』というのは、言葉だけを見ると

ネガティブなイメージを持ってしまうかと思います。 

 

しかしながら、『苦しみ』というのはネガティブな要素もありますが、

ポジティブな要素も持っているということです。

 

つまり、どういうことかというと

『苦しみ』というものがあるから、

あなた自身の人間的な成長や進化を遂げていくことができるようになる

ということなのです。

 

自分という存在がいて、それを自覚、認識している “わたし” がいる。

その一方で、自分とは異なる価値観を持っている他人がいる。 

生きている限り、自分とは異なる価値観を持った人間と関わっていかなければいけない。

 

 

自分の価値観とは異なる人間と交わることで、

新たな価値観が生まれることになります。 

 

 

自分の価値観でもなく、相手の価値観だけでもなく

両者の価値観が交わり、化学反応が起こった結果として生み出される新たな価値観。

そういったものを、どんどん生み出していくことが

人間としての正しい営みだと思っています。 

 

自分の価値観を絶対化してしまうということは、

自分の殻に閉じこもるということ、

自分の壁を強化し、引きこもるということです。

そうなってしまっては、現実世界は何も変わらないですよね?

 

いくら頭の中で思考を巡らせても、

自分の殻に閉じこもっている状態なので、現実世界は変わらないのです。 

 

 

頭の中で考えたこと、というのは抽象世界のことです。

抽象世界をいくら更新しても、

それを現実世界に落とし込むことができなければ、

何も現実世界は更新されません。 

 

ただ、自分の頭の中で “妄想ごっこ” をしているだけでしかないのです。

このように、妄想の世界の中で生きているひとが多いのです。  

 

 

妄想はいくらでも自由に創造することができます。

しかしながら、現実世界に落とし込めない限り、

何も変わらない。

あなた自身の見えている世界、感じている世界

というのは変わることがないのです。

 

だからこそ、自分の外側の世界へと足を踏み出さなければいけないのです。

自分の外側の世界へと足を踏み出し、

自分の価値観とは異なる価値観を交わらせてみる。

 

 

あなたが、あなたとは異なる価値観を受け入れることができるようになれば、

そのことによって、何かしらの化学反応が起こるようになる。 

その結果、新たな価値観が創造されることになるのです。

 

新たな価値観が創造されるということは、

あなた自身の世界が広がるということでもあります。

 

 

新たな価値観の創造により、

これまであなた自身が持っていたフィルターが更新されることになるのですから、

あなた自身が見ている世界や感じている世界というものが、

違って見えるし、感じられるようになるのです。 

それは、つまり世界が更新されるということですね。 

 

自分の外側の世界と交わることにより、

新たな価値観が創造されたのですから、

それは、現実世界が更新されるということになるわけです。

 

 

現実世界が更新されるということは、

これまでには見えなかった世界や感じ得なかった世界を感じられるということです。 

つまり、世界が広がったということになるわけです。

 

自分の殻に閉じこもる生き方、

引きこもる生き方から、自分の外側の世界と交わっていくこと。

そういう生き方へのシフトしていくことが重要だと思っています。

 

 

 

あなた自身が変わるためには、“いま” 持っているフィルターが変わらない限り

世界は変化しないということですね。 

 

あなたの持っているフィルターが、あなたの『枠組み』をつくり出し、

そのつくり出した『枠組み』が、

あなたのココロとカラダを閉じ込めてしまっているのです。

 

 

『枠』があることで、その『枠』を超えることができない。 

それは、つまり凝り固まった思考や、信念というものを強化し、

どんどん自らを不自由にしていくということになるのです。

 

 

『苦しみ』は、自分という存在への執着から生み出されます。

“わたし” や “自分” という感覚を持っているがために、

自分の価値観を絶対化してしまう方向に進んでしまいがちであるということなのです。

自分の価値観は、世界の価値観ではない。

自分の常識は、世界の常識でもない。

 

自分という存在、自分の価値観に執着してしまうことで

『苦しみ』を生み出してしまうのです。

執着しなければ、『苦しみ』は生まれません。

 

 

ただ、それを知識として頭に入れても、そう簡単に納得することがないものです。

自分が世界の中心である。

そういった自己中心的な生き方から抜け出すことができなければ、

執着というものは消えないのです。

 

『苦しみ』というのは、自分の価値観や信念というものがあるから

生み出されるものです。 

そういったものを完全になくすということはできません。 

もし、仮にそういったことが可能であるなら、

ココロをなくしたロボットになるしかないでしょう。 

 

 

わたしたち人間は感情の生き物です。

だから、ココロは失くせない。

 

だからこそ、自分自身が感じる『苦しみ』というものを、

どのように捉えて生きていくのか?

『苦しみ』というものを、どのように扱って生きていくのか、

ということが重要になってくるのです。

 

 

 

『世界を広げる』ということは、『ココロとカラダを解放する』ということ

 

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ここまでは、『世界を広げる』ということについて書いてきました。

『世界を広げる』と言っても、なんだか抽象的な表現にしか聞こえなくて、

具体的にどういうことなのかさっぱり分からない。

そのように思われているかもしれません。

 

『世界を広げる』ということは、『ココロとカラダを解放する』

ということでもあります。

『ココロとカラダを解放する』という表現の方が、

あなたにとって分かりやすいかもしれません。

 

 

あなた自身の『世界を広げる』こと。

『ココロとカラダを解放する』こと。

この両者がセットになってはじめて、あなたの人生が輝かしいものとなり、

自由で、創造的な人生を手にすることができるようになるのです。

 

 

『ココロとカラダを解放する』ということを書きましたが、

ココロとカラダを閉じ込めてきたのは、他でもないあなた自身です。 

 

そのことを理解した上で、“いま” 閉じ込めているココロとカラダを解放するために

あなた自身で行動していかなければいけません。 

 

あなた自身の主観に偏った、狭い世界の中で生きている状況から

抜け出すために大事なことは何なのか?

そのことについて話を展開していきたいと思います。

 

 

『世界を広げる』

この言葉を聞いて、どのようなイメージを持ちますか?

 

世界が狭くなっている。

世界が閉じている。 

 

このような言葉を聞くことも、少なくないと思います。 

『世界』という言葉。

 

 

その言葉自体が抽象的すぎて、具体的にイメージできないかもしれません。

なぜなら、『世界』という概念は物理的なものではないから、

そこに確かに存在しているし、存在していないという、

同時に矛盾を抱えたものだからです。 

 

あなたにとっての “ある” は、隣のひとにとっての “ある” とは限らない。

自分の見ている世界、感じている世界は、

あくまであなた自身の主観に偏ったものでしかないのです。

だから、本当の意味で他者と共有することのできないものなのです。 

 

 

『世界を広げる』

このことを考えたときに、重要になってくるのは、

意識の領域を広げるということですね。

 

ここで登場した『意識』。

これも、抽象的なものだから、実体としては存在しているものではありません。

個々の主観によって、意識の世界も大きく異なってくるものであるからです。

 

 

自分の閉じてしまっている世界

自分の狭くなっている世界

これを広げようと思ったら、意識の領域を拡大することが欠かせないのです。 

 

意識の領域が拡大すれば、それと関連して

ココロとカラダも解放されるようになります。 

このように、意識とココロ、カラダはセットになって連動しているものです。 

 

カラダは物理的に実体として存在しているものだから、

理解しやすいでしょう。 

 

しかしながら、意識やココロというのは実体がない。 

“ある” けど、“ない” という矛盾した存在です。 

 

 

世界を広げるためには、意識の領域を拡大することが欠かせないということを書きました。 

 

それをイメージするために、実体験として経験することができないのでしょうか?

答えは、『Yes ! 』です。 

実体験として、体験することができるものなのです。 

 

その方法を、これからご紹介したいと思います。

意識の領域が拡大するということ。

世界が広がる、ということを実体験として経験し、

それを元にイメージできるようになって欲しいと思います。 

 

 

これからご紹介する方法を実践する前に、

“いま” のカラダの感覚というものを覚えておいて欲しいと思います。 

あなた自身が見えている世界、感じている世界が

主観的なもので構わないので、どのような感じに捉えているのか?

それを覚えておいて下さい。

 

 

では、その方法をご紹介していきましょう。

 

・まず、目を開けて、顔を動かさずに目の前に広がっている景色を記憶します。

数秒見て景色を記憶できたら、目を閉じて目の前の景色を思い返してみます。

 

・それができたら、今度はカラダの向きはそのまま変えずに、

カラダの右側の景色を観察します。

このときには顔を90度右側に回転させて構いません。

カラダの右側の景色を見て記憶できたら、

 

目を閉じて右側の景色を思い返してみます。 

思い返すことができたら、

目を閉じたまま、真正面で見た景色と、右側の景色をつなげてみます。

 

・次に、目を開けてカラダの後ろ側の景色を見て記憶します。

このときに、カラダは捻れても良いので、

後ろ側の景色がきちんと見ることができるように振り返ってみて下さい。 

また、目を閉じてカラダの後ろ側の景色を思い返す。

 

そのあとに、真正面の景色、カラダの右側の景色、

カラダの後ろ側の景色をつなげてみて下さい。 

 

・最後に、目を開いてカラダの左側の景色を見て記憶する。

このとき顔の向きを左側へ向けても構いません。

記憶することができたら、目を閉じてカラダの左側の景色を思い返してみます

そのあとに、目の前の景色、カラダの右側の景色、

カラダの後ろ側の景色、カラダの左側の景色を映像としてつなげてみて下さい。 

 

そうすると、360度景色が広がるようになります。

順番に見て記憶した景色は、短期記憶として残っているから

、映像として360度広がった景色として見ることができると思います。

もし、記憶のどこかの部分で欠けているところがあれば、

もう一度目視して記憶しても構いません。

 

目を閉じて、自分を中心に360度景色をつなげることができたら、

目を開けてみます。

 

 

そのときに、どのような感覚を覚えますか?

個々によってどのように感じるのかは異なるとは思います。

しかしながら、このワークを実践した後に感じられることは

共通している部分があると思うのです。 

 

 

その共通している部分とは何か?

冒頭にも書いたように『世界が広がる』という実感

を得られたのではないかということですね。 

 

目を開けたとき、自分という存在が中心にあって、

自分という存在が世界の中心に “ある”

というような感覚を得られなかったでしょうか?

意識の領域が広がると、一方向だけではなく、

全方向に意識の領域が広がることになります。

 

その結果、どうなるのかというと

カラダの緊張が解放されることになるわけです。

 

 

意識の世界が広がるということは、

カラダの緊張が解放されるということになる。

カラダの緊張が解放されると、ココロも解放されることになる。

 

このワークでいうと、地に足が着いた感覚を得られなかったでしょうか?

自分自身の立ち位置がハッキリする。

これが、このワークによる大きな実感としての体験だと私は考えています。 

 

 

自分という存在が、“いま” 存在していると認識している世界の中心に立っている。

その感覚が得られると思うのです。 

 

 

その感覚が得られたなら、視野が広がったと思うし、

高い視点でモノゴトが見れるようになったのではないかと思います。

意識というのは、どこかに偏って行ってしまう傾向があります。

生きているとあらゆる刺激が絶えずインプットされるので、

満遍なくあらゆる方向に意識を向けておくことができないからですね。 

 

傾向として、目の前の刺激に意識が集中してしまうという傾向があるわけです。 

 

そういうことを繰り返していくと、あなた自身の意識の世界が偏って狭くなり、

ココロとカラダも緊張して、自分の中心に向かって閉じて来るようになる。 

自分自身のココロとカラダを解放するには、

まずはあなた自身の意識の領域を広げてみることから始めてみると、

取り組みやすいと思うのです。 

 

『世界が広がる』という経験をしているからこそ、

それが “できる” というイメージをすでに持っていることになりますよね。  

 

できないイメージしかなければ、できないと思うのですが、

すでに “できる” というイメージを持っていれば、やればできるのですから。 

 

 

このワークを深めていくと、

『世界』の中心に自分という存在が “ある” という実感を得られるようになりますが

それは、視点を高くして捉えてみると、

世界の一部として “わたし” がいるということでもあります。 

 

“わたし” という部分に意識をフォーカスしているのか

“世界” という全体に意識をフォーカスしているのか、

の違いでしかありません。

 

 

このように、部分と全体を自由に行き来することができるようになると、

あなた自身のココロとカラダを解放することが、

あなた自身で出来るようになります。

 

それは、つまり意識のコントロールによって、

ココロとカラダの状態をコントロールできるということでもあります。

意識は、意思をもってコントロールできるものだから、

意思の力をうまく利用できるようになれば、

意識のコントロールが可能になってくる。 

 

強いては、ココロとカラダのコントロールも可能になってくる

ということになるのです。

 

 

ここで注意点をひとつ。

コントロールできると言っても、

完全にコントロールできるものではないということを覚えておいて欲しいのです。

コントロールしようと思えば思うほど、

できなくなってくる傾向に陥ってしまいます。 

 

意識しすぎるということは、そこに執着するということでもあり、

執着するがゆえに、そこから移動することができなくなるからですね。 

 

 

このワークをぜひ、あなたのモノにして欲しいと思います。 

 

『世界を広げる』

それを、あなた自身の手でできるようになるのだから。

あなた自身で、あなたのココロとカラダを

解放してあげることができる力を手に入れて欲しいと思うのです。

 

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