アダルトチルドレンのあなたが、親の価値観の呪縛から抜け出すための方法

      2017/09/22

こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

 

わたしたちは、自分の親の影響を大きく受けながら生きています。

 

あなたの価値観は、あなたの親の価値観の大部分を引き継いでいるでしょう。

そうした親の価値観によって、

”いま”のあなたがカタチづくられているのです。

 

あなたが生きづらさを感じている。

それは、あなた自身が、

自分らしく生きることができないというココロの叫びでしょう。

 

でも、なぜ自分らしく生きることができないのか?

その理由が、さっぱり分からない。

そういったことで悩んでいるひとは少なくないでしょう。

 

わたしも、そうでした。

 

なんで、こんなにも満たされない人生なんだろう。

何をやっても充実感、満足感が得られない。

どこまでも表面的な部分でしか満たされることがない。

そういった悩みや苦しみを長年抱えながら生きてきたのです。

 

 

悩みや苦しみの原因が分かれば、どんなに楽になっただろうか、

と思うわけです。

 

でも、その原因が分からないまま、生き続けるというのは、本当に”酷”です。

理由が分かれば、何らかの対処ができるのに、

分からないから、どのように対処して良いのか分からない。

 

もし、あなたが、こういった状況に置かれているのであれば、

出口の見えない暗闇の中を生きているとも言えるかもしれません。

そんな状況から抜け出すには、「自分自身を理解する」ということからです。

 

自分自身と向き合えば、

あなたが”いま”抱えている問題を解決するためのヒントが見えてくるのです。

 

 

今日のブログでは、生きづらさを抱えながら、生きているあなたに伝えたい、

親の価値観の呪縛から抜け出すための方法について書いていきたいと思います。

 

 

アダルトチルドレン

 

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アダルトチルドレンという言葉を聞いたことがありますか?

 

アダルトチルドレンとは、

一般には、「親からの虐待」「アルコール依存症の親がいる家庭」「家庭問題を持つ家族の下」で育ち、その体験が成人になっても心理的外傷(トラウマ)として残っている人をいう(Wikipediaより)

 

こうした背景があると、大人になった今も

何らかの生きづらさを感じながら生きることになるでしょう。

 

しかしながら、ここで書かれているような概念に当てはまらなくても、

幼少期の家庭環境が完璧だったというひとは、少ないはずです。

誰しも、少なからず、何かしらの問題というものが、あったはずです。

 

だから、ここで書かれているような狭義でのアダルトチルドレンという概念ではなく、

もっと範囲を広げて、広義のアダルトチルドレンという概念で話を進めていきたいと思います。

 

 

 

幼少期の家庭環境

 

特に親の影響というのは、めちゃくちゃ大きいはずです。

あなたの価値観というものは多くの場合、

自分の親の価値観の影響を大きく受けて形成されているのですから。

 

だから、あなたが自分らしく生きられない、

という悩みや苦しみを抱えながら生きているのであれば、

あなたの親の価値観というものを、良く知る、

ということが大事になってくるのです。

 

 

自分自身を知る、ということは

あなたのルーツである、あなたの親の価値観を知る、

ということが欠かせないでしょう。

 

もっとも身近な存在だからこそ、距離感が難しい。

でも、そこを避けて通ることなくして、自分自身を深く知る、

ということはできないのです。

 

 

実際に、あなたが自分の親と接しているとき、どういった感じがありますか?

あなたらしく、ありのままで、”素”のあなたでいられますか?

 

もし、そういられるなら、親の価値観の影響を

良くない意味で、受けていないかもしれませんね。

 

 

でも、なぜかソワソワする。

親の言葉や行動が、なぜか気になる。

感情的になってしまいがちで、コントロールできない。

 

そういった何かしらの違和感を感じるのであれば、

そこには親の価値観を大きく受けた”あなた”というものがいるのです。

 

 

だから、具体的には表現できない違和感を感じ取って、

その違和感の原因を紐解いていくことで、

あなたがどういった親の価値観の影響を受けているのか、

ということがみえてくるでしょう。

 

 

 

モヤモヤを解消するために、概念に「依存」する

 

ここで、一つ大事なことがあります。

 

あなたが、”アダルトチルドレン”という概念を初めて聞いたのであれば、

何か腑に落ちた感覚を感じたかもしれません。

 

それは、ある概念に自分自身を当てはめることができたから

それによって、ある意味、「安心感」を得られたのです。

 

 

ひとは、モヤモヤした状態を嫌います。

 

自分がどういった理由で、生きづらさを感じているのか分からない、

という状態で生きて来たとすると

理由が分からずに、悩みや苦しみを抱えているから、

ずっとモヤモヤしながら生きて来たわけです。

 

そんな状況で、ある一つの概念を知ることで、

これまで抱えてきたモヤモヤを埋めるための素材が見つかったのです。

 

 

そうすると、モヤモヤを解消することができます。

一見すると、モヤモヤを解消することができたので、

「良かったじゃないか」と思うかもしれませんね。

 

でも、果たして本当に良かったのでしょうか?

モヤモヤが解消したからといって、

それがあなた自身の抱えている問題が解消したわけではありません。

 

 

どういうことか?

 

 

多くのひとは、ある概念を知ることによって、

そこに自分自身を当てはめて、安心感を得ます。

それは、つまり、その概念に「依存」する、

ということでもあります。

 

わたしは「アダルトチルドレンだったんだ」という、

ある意味腑に落ちる感覚を得られると、

自分自身を”アダルトチルドレン”というラベル付けをします。

 

それ自体に、良いも悪いもありません。

 

 

何が問題となるのか、というと

ラベル付けしてしまった自分を、不幸自慢のようにみせる、

ということが問題なのです。

 

ラベル付けすることが悪いのではなく、ラベル付けしても

自分自身が抱えている問題に向き合って、

それを解消する方向性に向かえば、それは健全なあり方でしょう。

 

 

でも、そういう健全な在り方よりも、不幸自慢を装って、

自分の枠から出ないように生きてしまうひとが少なくないのです。

 

 

どういうことか、というと

これはトラウマを抱えているひとに良く見られる例ですが、

「あるトラウマを抱えているから、わたしはこんなにも不幸なんですよ」

というひとって、あなたの周りにいないでしょうか?

 

トラウマを、自分に注目を集めるための武器として使っている、ということです。

そういったひとって案外多いのです。

 

 

エネルギー切れを起こしてしまっているから、不幸自慢でひとの気を引く。

そうやって、ひとからエネルギーを奪っているのです。

 

あるラベル付けをして、自分が抱えている問題に目を向けず、

自分に意識を向けてもらうための武器として、使っている。

そんな状態で生きているから、抱えている問題は解決しないし、

ひとからエネルギーを奪う生き方からは、抜け出すことができないのです。

 

 

何も良くならないですよね?

 

抱えている問題は解決しないし、ひとからエネルギーは奪うし、

そんなひとの周りにいるひとは、どんどんエネルギーが奪われて、

不幸になってしまいます。

そんな生き方は、エネルギーヴァンパイアでしかないのです。

 

「わたしはアダルトチルドレンなんです」

だから何?ってことです。

 

 

じゃあ、それを知った上で、あなたはどういう生き方をしているのですか?

どう向き合っていくのですか?

ということが大事なんじゃないでしょうか。

 

概念を知って、そこに自分自身を当てはめて、安心感を得る。

それはただの依存にすぎません。

 

 

依存しても、そこから何も進まないのであれば、

建設的な生き方とは言えないでしょう。

 

 

建設的に生きるには、どうしたら良いのか?

それが、あなた自身の成長につながるし、進化につながるのではないでしょうか。

 

 

 

縦の関係性の中で生きてきた

 

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わたしが、ココロとカラダの解放という仕事を始めてから、

ご縁を頂く方々は年齢的に30代から40代という年齢層の方が集まってきています。

なぜでしょう?

 

特に、わたし自身が、そういった年齢層をターゲットにしているわけではありません。

でも、そういった年齢層のひとが集まってくる。

 

 

それは、その年齢層の方々が、

親の価値観に大きな影響を受けている世代だから、ということでしょう。

 

30代から、40代というのは、親という存在を見たときに、

ある意味”上”の存在であり、縦の関係性なはずです。

だから、親に逆らうとか、反抗期はあったとしても、

なかなか横並びの関係性であるひとは少ない時代だと思うのです。

 

 

しかしながら、いまはどうでしょう?

 

完全に時代が移り変わって、横並びの関係性ですよね。

親との関係だけじゃなく、先生との関係性も、昔は目上の人を尊重しなさい、

という時代は何処へやら、友達みたいな感じに、

横並びの関係性が成り立っていますよね。

 

縦の関係性の中で育ってきたわたしには、

めちゃくちゃ違和感を感じるのですが、時代は変わってしまったのです。

 

世の中の流れが変わったことで、その変化の流れについて行けないと、

社会から浮いてしまったかのように感じてしまい、

より苦しみを生み出してしまうことになるのです。

 

 

流動的な世の中。

そこに合わせられる柔軟性が欠かせませんよね。

 

 

 

話を戻して、30代から40代前半というのは、

縦の関係性の中で生きてきているから、

親の価値観の影響をガッツリと受けて育っているわけです。

 

だから、あなた自身の価値観は、

あなたの親の価値観の影響をめちゃくちゃ引き継いでいるのです。

 

 

幼いときは、そんなに問題にはならなくても

成長し、大人になったとき、これまでの人生の中で様々な体験をしたり、

多くの価値観に触れることで、自分自身の選択肢が増えるわけです。

 

幼いときは、親から愛されたい、認められるために、ある意味”わたし”を抑圧してきた。

でも、そういう生き方が健全であるとは、思えなくなるときがやってくるのです。

 

 

それが、冒頭にも書いたように、

自分らしく生きられない、という苦しみです。

 

何をやっても満たされない。

何をやっても充実感を味わえない。

それは、本来の”わたし”を生きていないことから生まれる感情でしょう。

 

 

親の価値観に基づいて、生きているのですから

当然と言えば、当然です。

 

そこに気づけるだけ、まだ良い。

気づけないと、いつまで経っても、

理由が分からずに生き辛さから解放されることはないのですから。

 

 

あなたの”魂”、本質は、”わたし”という存在を生きたがっている。

その声を、あなたに伝えたくて訴えているのです。

 

その声を、聞いて、あなたはどうするのか?

そこが大事なところでしょう。

 

 

無視し続けることもできるし、何らかの対処をすることもできる。

プラスに考えるなら、

あなた自身の人生を取り戻すためのキッカケを与えてもらっている、

と捉えることができるでしょう。

 

捉え方次第で、あなたの人生を開くこともできるし、

現状維持もできるし、より自分自身を閉ざす方向に向かわせることも可能です。

 

 

もちろん、このブログを読んで頂いているあなたは、

あなたの人生を取り戻すために立ち上がりたい、

と望んでいることでしょう。

 

でないと、わざわざ、こんな記事を読んでないのではないでしょうから。

 

 

 

親の価値観を知る

 

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あなた自身が、あなたの親の価値観で、どういった価値観を引き継いでいるのか?

そこを、知ることが重要です。

そこを知らない限り、あなた自身が一体、

どういった価値観によって”生きづらく”なっているのか、が分かりません。

 

じゃあ、一体どのようにして知れば良いのでしょうか?

 

あなたが、自分の親を目の前にしたときに、色んな感情が湧き上がってくると思います。

具体的じゃなくても、何かしらの違和感であったり、

ソワソワした自分がいることを感じるのではないでしょうか?

 

そういったものを、ひとつひとつみていくのです。

親の言動や行動で、あなた自身が、何に引っかかるのか、何に反応しているのか。

そこをみていくことが、まずは大事なファーストステップでしょう。

 

 

そこに気づけたら、書き出してみるといいですよね。

書き出してみると、

後から色んなことをつなげて整理することができるので、お勧めです。

 

こういう言動や行動に、引っかかる、反応する、というものを書き出してみる。

 

そして、あなたの親と対面したときじゃなくても、

職場や家族内での出来事においてもカタチを変えて存在していることに、

気付くことが大事です。

 

 

例えば、

・年上の男性と対面したときに、なぜか緊張する。

・萎縮してしまう。

・自分を表現できない。

・年下や同年代の男性なら、何ともなくても、目上のひとが苦手。

 

そういったひともいるでしょう。

 

それは、父親の影響を受けている可能性が高いです。

だから、父親との関係性を見直すことで、

社会での生きづらさから解放されるようになります。

 

 

女性で言えば、生きづらさを抱えている女性は、母親との関係性が良くない、

といった問題を抱えているひとは少なくないでしょう。

実際に、わたしが関わった方々の多くも、そういった問題を抱えていました。

 

 

特に、女性同士の同性の関係性って難しいようです。

男性同士の関係性よりも、距離感が難しいように感じます。

それは、男は単純だから、という側面もあるでしょう。

女性の方が、複雑な関係性になりやすいようです。

 

 

 

「愛されてこなかった」という思い込み

 

男女問わず、自分の親からの「愛」というものの捉え方がズレてしまうことが、

問題となっていることが多いと感じています。

「わたしは親から愛されなかった」

そういった問題を抱えていることが、ほとんどなのです。

 

実際に話を聞いていると、「愛されていなかった」という思い込みをつくってしまった、

ということが問題になっているわけです。

 

 

事実と、思い込み。

それをごちゃ混ぜにしてしまっているがために、

”思い込み”によって苦しんでいるのです。

 

 

幼少期の親との関係性って、めちゃくちゃ大事です。

 

親から愛される、ということを通じて、

自分の中に安心感が芽生えるようになるのです。

安心感で満たされると、自己肯定感を感じることができて、

その結果、自分に自信を持つことができるようになります。

 

自信があるから、自分自身をありのままに表現することができるし、

自分の外側に世界を広げていくことができるのです。

だから、自立できるのです。

 

 

一方で、愛情不足のまま育ってしまうと

自分の中に安心感で満たすことができません。

 

安心感で満たす経験がない、または少ないと

常に何らかの不安や怖れを感じるようになるのです。

 

自己肯定感が持てないし、自分という存在を確立できない。

存在価値を見出せない、ということにつながってしまうのです。

 

その結果、自立できずに誰かに、何かに依存してしまうのです。

 

 

すると、どうするのかというと

自分自身を守るために、自分の内側に閉じこもってしまうのです。

 

人間の赤ちゃんが、この世に生まれ出てきた瞬間って、

カラダを小さくして、丸まっていませんか?

それは、動物的、本能的な身を守るための姿勢なのです。

DNAに刻み込まれたプログラムのひとつでしょう。

 

 

つまり、意識が内側に向かってしまうのです。

それは、自分の内側にエネルギーを凝縮する、

ということでもあるわけです。

 

安心感が欠如していると、その”場”においてリラックスすることができません。

空間に身を委ねることができないのです。

 

それは、緊張したまま存在しているということになり、

外側に世界を広げることもできないし、

ありのままの”わたし”を表現することもできないでしょう。

 

 

このように、幼少期にいかに親からの愛情を受けて、

安心感で自分を満たすことができるのか。

それが、大きく人格形成に関わってきます。

 

ありのままの”わたし”で生きることができるようになるために、

欠かせないものが親からの愛情なのです。

親からの愛情を、自分自身は受けてこなかった。

そのような思い込みを抱えているかもしれません。

 

 

 

モノゴトを”わたし”という視点からだけじゃなく多面的にみる

 

先ほど、”事実”と”思い込み”ということを書きました。

親からの愛情を受けてこなかった、というのは、誰の視点でみたことなのでしょうか?

それは、”わたし”ですよね。

 

あなた自身は、親からの愛情を受けてこなかった、

と思い込んでいるかもしれないですが、

あなたの親は、あなたに愛情を注いできた、と思っているかもしれません。

 

 

そこを確認することなく、「わたしは親から愛情を受けてこなかった」というのは、

事実ではなく、思い込みですよね。

まずは、そこに気づけると、思い込みから解放されることになり、

親との関係性は変わることになります。

 

 

親に確認することができない。

 

そういったひとも多いと思います。

親との確執というものが根深くて、とてもじゃないけど、

そういった話ができる間柄じゃないかもしれませんよね。

 

 

また、親の立場からすると、

あなたに愛情を注いでいたことには間違いないけど、その表現方法が下手だったから、

それがあなたに伝わっていない、ということもあり得るわけです。

 

なぜなら、あなたの親も、親の両親の価値観を存分に引き継いでいるからです。

あなたが、自分の親から愛情を受けてこなかったと感じているのであれば、

あなたの親も、祖父母から、同じような価値観を受けてきた可能性が高いからです。

 

 

だから、親の価値観が分かりづらかったら、

あなたの両親の祖父母とあなたの両親との関係性をみてみると、

あなたが大きな影響を受けている価値観がみえてくるかもしれません。

 

もし、あなたが自分の両親から十分な愛情を受けてこなかった、と感じているなら

あなたの親も、あなたと同じように、祖父母から愛情を受けてこなかった、

と感じている可能性が高いからです。

 

 

愛情の注ぎ方って、ひとそれぞれす。

 

でも、何らかの模範となる存在があるはずですよね。

 

その愛情のカタチって、どれが正しい、間違っている、っていうのはないですが

歪んだカタチの愛情っていうのもありますよね。

 

もし、あなたの両親が、祖父母からの愛情を十分に受けていない、

と感じているのであれば

あなたの両親が、あなたに対する愛情の注ぎ方って、

分からないと思いませんか?

 

 

本当は、あなたのことを愛していた。

 

でも、それをどのように表現して良いのか、わからなかった。

だから、あなたに愛情を伝えられなかった。

そういう側面があるかもしれないのです。

 

それを、あなた自身が親からの愛情を、あなたが望むカタチで受けてこなかったから

「わたしは愛されてこなかった」というのは、事実ではないですよね?

 

あなたと、あなたの両親との間に、認識のズレが生じるわけです。

 

 

このズレを解消するには、あなた自身が両親と向き合ってみる、

ということが、とても効果的です。

ただし、めちゃくちゃエネルギーを使います。

 

わたし自身も、実際にやったことでもあるのですが、

両親と向き合って、自分が思っていること、感じていることを、ありのままに伝えたのです。

そうやって、これまでに抱え込んできたものを全て、親に吐き出すのです。

 

その行為は、自分自身を表現するという課題において、最も難しい課題だと思います。

 

あなた自身が社会において、自分自身を表現できない、

という問題を抱えているのであれば

その問題背景にあるのは、

最も底辺のコミュニティである家族間の中で培われた、問題だからです。

 

 

もっと具体的に言うならば、親子関係の中で、

ありのままに”わたし”を表現できない状態で育ってきているから、

社会に出ても自己表現をすることができない、という構図です。

 

 

理解できますか?

 

あなたが自己表現することができない問題の源泉というのは、

あなたの親との関係性の中で培われたものなのです。

だから、あなたが親との関係性の中で、

あなたが想っていることをありのままに表現することができたなら、

それは社会においても自己表現することができるようになるということです。

 

そして、あなたが自己表現することで、

親との距離感というものは、確実に縮まります。

 

 

伝えたからといって、あなたの親がどう変わるのかはわからないです。

親が変わるか、変わらないかは、

あなたがコントロールできる部分ではないのです。

 

あなたが、自分の想いを伝えて、何かしら響くものがあるはずです。

あなたの親も、自分の両親との関係性において、言葉は悪いですが

親からの呪縛の中で苦しんでいるのです。

 

 

だから、そこから解放されるのかどうかは、

あなたの親次第であり、あなたがどうこうできる問題ではありません。

しかしながら、あなたと両親との関係性が変われば、

あなたの両親と祖父母との関係性も何かしら変化することは間違いないです。

 

「一は全、全は一」、という言葉があるように、

あなたの変化は全てのモノゴトに影響を与えているからです。

 

 

親の価値観だけじゃなく、先代からの価値観を受け継いでいる

あなたの価値観というものは、あなたの親だけでカタチ作られてきたものではないのです。

あなたのご先祖様から、代々受け継がれてきたものを、引き継いでいるのです。

そういった視点で、みると親との関係性が変わってくるのではないでしょうか?

 

もし、あなたの両親が、あなたに対して全く愛情がなかったとしたら、どうしますか?

あなたを育ててきたでしょうか?

義務的に、作業的に、あなたという一人の人間を育てて来れたでしょうか?

それは難しいと思いませんか?

 

実際に、子どもがいらっしゃるのであれば分かると思いますが、

子育てって、めちゃくちゃ大変なんです。

正解のない子育てに、たくさん悩みながら、苦しみながら

あなたという存在を育ててきたのです。

 

ココロもカラダも余裕がない状態で、

子育てをしている中で、あなたのイメージする愛情を存分に注ぐ、

ということができると思いますか?

 

なかなか難しいでしょう。

 

 

そうなんです。

あなただけの視点から、「愛情」というものをみても、

部分はみえても全体はみえないでしょう。

 

だから、あなただけの偏った視点でみてしまうと「思い込み」になってしまうのです。

そうならないために、多面的にみていくことが大事じゃないでしょうか?

 

多面的にみることで、これまでみえなかったことがみえてくるようになるでしょう。

 

その結果、あなたとあなたの親との関係性は良いものになると思いませんか?

そうやって、親との関係性を再定義していくことで

あなたは親の価値観から解放されることになるのです。

 

 

もっともやりたくないことをやることが、あなたの壁を破壊する

 

実際に親と向き合って、自分の想いを伝えるって、めちゃくちゃ怖いですよ。

わたしの感覚では、変なドキドキがありました。

恋愛とは違う(当たり前ですが)、何とも言えない変なドキドキ。

一番避けているもの、開けてはいけない箱を開けてしまったかのような感覚を覚えました。

 

でも、それは「自分の想いをきちんと親に伝えるんだ」、

という覚悟を決めたら変なドキドキは無くなりました。

 

大事なことは、最もやりたくないことをやってみる、ということですね。

それは、あなた自身の抱えている最も大きな壁を乗り越える機会になるはずです。

 

あなた自身が、これまでに自分の親と腹を割って話す機会がなかったなら、

それはとても勇気のいる決断になるでしょう。

その最も避けたいことをやってみる。

 

 

怖いのは、はじめだけです。

向き合って、話し始めることができたなら、後は何とかなるのです。

そういう経験をすることで、

あなたの中でブレーキを変えていたものが、外れるようになります。

 

つまり、何らかの詰まりが取れて、循環するようになるのです。

 

 

自分の壁を乗り越えること。

それが自分を成長させるためには欠かせないでしょう。

 

 

親との関係性を改善するには、

実際に親と直接向き合ってみる、ということはお勧めです。

 

しかしながら、とてもじゃないけど、そんなことはできない、

というひともいるでしょう。

 

 

そういったひとは、別の方法で親との関係性を改善することも可能です。

それは、あなた自身が親の言動や行動で、

感情を揺さぶられるものを丁寧にみてみるということです。

それは、先ほど書いたことと重複するので、ここでは詳しい説明は避けておきます。

 

 

多くの場合、あなた自身が、

親に受け入れられていないんじゃないか、受け入れられないんじゃないか、

という不安や怖れが問題になってきます。

 

無意識に、親の行動や言動に意識が敏感になっていて、

親以外の言動や行動じゃなければ、何もココロが”ざわつく”ことがないのに

親の行動や言動となると、途端にココロが”ざわつく”といったことがあるでしょう。

 

それは、親という存在と親が発する行動や言動に自動的に反応するプログラムがあり、

そのプログラムによって感情が誘発され、

その感情に支配されてしまうことで、

自分は受け入れられないんじゃないか、受け入れられていないんじゃないか、

という意味づけをしてしまうからです。

 

 

それは、つまり親という身近な存在だからこそ、感情と適切な距離感を保つことができずに、

感情に巻き込まれてしまいやすい、という側面が大きい、ということがひとつ。

そして、誰よりも”わたし”という存在を認めて欲しいからこそ、

親に”わたし”を拒絶されたくなくて、親の言動や行動に敏感になってしまっている、

ということでもあります。

 

 

敏感になっているからこそ、過剰に反応してしまう。

過剰に反応してしまうからこそ、簡単に閾値を超えてしまい、

感情のコントロールが効かなくなって、支配されてしまうことになるのです。

 

 

それは、”わたし”が拒絶されるという不安や怖れから来るものでしょう。

 

親から拒絶される、ということは、

ある意味生きていけない、という生命の危機を感じる原因となります。

幼少期に、そういった危機感を感じることで、自分の身を守るために

親から拒絶されないように、嫌われないようにしよう、

という自己防衛的な体験をしてしまったかもしれません。

 

そういった経験をしてしまうと、

親の言動や行動に敏感な”わたし”が出来上がってしまうことになるのです。

 

 

そして、自分を抑圧し、親のご機嫌を伺いながら生きていくことになるわけです。

 

つまり、そういった生き方を選択し始めたときから、

親の価値観にどっぷりと浸かっていくことになるのです。

 

 

幼少期には、親に見捨てられると、生きていくことができません。

それを本能的に幼いながらも理解している。

だから、ある意味仕方なく、

そういった生き方を選択するしかなかったのです。

 

限られた選択肢の中から、自らの存在を守るための選択です。

 

でも、大人になって親の援助なく、生きていくことができるようになったとき、

すっかり親の価値観に染め上げられている”わたし”に違和感を感じるときがやってきます。

 

そこにあるのは、”わたし”を生きることができない自分、です。

何だか分からないけど、生きづらい。

そういったことに気づくのです。

 

 

でも、すっかりと親の価値観に染め上げられた”わたし”には、

本来の”わたし”というものが見えなくなってしまっているので

そこに気づいたとしても、親の価値観から抜け出して、

本来の”わたし”で生きることができないのです。

 

”わたし”がないのですから、

ないものを採用して、ないもので生きることはできません。

だから、為す術がなく、

親の価値観で染まった”わたし”で生きることを選択することになるのです。

 

 

もし、親の価値観から抜け出す方法や、

本来のあなた自身をみつける方法というものを知っていれば、

話は変わってくるでしょう。

結局のところ、親の価値観に縛られない、影響を受けないためには、

親に依存することなく自立しなければいけません。

 

そのために重要になってくるのは、自分の中に安心感を生み出す、

ということでしょう。

 

安心感を生み出すことができれば、

親に依存することもなくなるし、誰かに、何かに依存する必要はなくなります。

安心感で、あなた自身を満たすことができれば、承認欲求は必要じゃなくなるのです。

親から愛情を注いでもらわなくても、認めてもらわなくても、受け入れてもらえなくても、

自分自身で満たすことができているので、他に求めなくても良くなるのです。

 

 

全ての問題は、安心感の欠如から生じます。

 

 

不安になるのも、怖れの感情を抱くのも安心感の欠如から。

あなたに自信がないのも、安心感の欠如からでしょう。

 

自分の中に安心感で満たすことができれば、そこに「愛」は存在しているし

誰かに愛されなくとも、自分自身で「愛」を生み出して、満たしているのですから

他に求める必要はありません。

 

 

むしろ、逆に「愛」で満たされているから

溢れ出る「愛」で、誰かに「愛」を注ぐことができるようになるでしょう。

 

求める発想ではなく、奪う発想でもなく、ひとに与える、

という発想を持って生きることができるようになるわけです。

 

 

そしたら、あらゆるものが循環するようになります。

与えるから、何らかのカタチで、自分の元に還ってくるわけです。

 

 

ひとの欲求には、「成長したい」という欲求と、

「貢献したい」という欲求があります。

良く「与えることが大事」と言われますが、ひとに与えられる人間になると、

ひとの持っている本質的な欲求が叶えられるようになるわけです。

 

「成長したい」「貢献したい」という2つの欲求でしたね。

それが同時に叶えられるようになるわけです。

 

与える、ということは貢献する、ということでもあります。

貢献するから、エネルギーが循環するし、

循環が起こるから自分の元に何らかのカタチでエネルギーが還ってきて、

自分のエネルギーが高まるのです。

 

エネルギーが高まるから、より他人に貢献できるし、

自分を成長させるためにエネルギーを使うことができるようになるということなんです。

そうやって、良い循環が起こるのです。

 

 

あなた自身との一体感を取り戻し、深い安心感で満たすこと

 

では、どうしたら自分の中に安心感で満たすことができるようになるのでしょう?

 

安心感を得るためには、

”わたし”自身との一体感を得ることが重要になってきます。

 

”わたし”自身とつながること、一体感を得ることで、

あなたの中の深いところから満たされるようになります。

自分自身とのつながり、一体感を得られると、

他に何かを求めようという発想なんて浮かんできません。

 

自分という存在を通り越して、あらゆるものとのつながりや、

一体感を感じることができるようになります。

”わたし”という個は存在しているけど、

他者や空間との境目がなく、一体化している感覚です。

 

もっと深い段階まで行くと、

大自然や、地球、宇宙との一体感を感じるようになります。

 

 

その感覚は言語化するのが、難しいですが

あえて言語化するのであれば、”わたし”という存在が”ある”けど”ない”、

いわゆる”空”の心境なんだろうなって思います。

 

何ものにも縛られず、あるがままにいられる。

そういった感覚というものが、

本当の”幸せ”という感覚なんじゃないかと思っています。

 

上っ面の幸せ感ではなく、本当に深いところから満たされている充実感。

それを感じることができるのです。

 

 

だから、親の価値観から解放されるには

あなた自身が、親の価値観のどういったものの影響を受けているのか?

 

そこを、あなた自身で気づいていくことと、

あなた自身の中で安心感で満たされるように

あなた自身とのつながり、一体感を取り戻していくことを

同時進行でやっていくことが大事だと私は考えているのです。

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一度手に入れたもの、カタチ作ってきたものは簡単に手放せない

 

最後に、あなた自身が知っておくべき大事な概念があります。

 

親の価値観に大きな影響を受けて、

その結果”生きづらさ”を感じているあなたは

これまで、あなたの親と、縦の関係性の中で生きてきました。

 

縦の関係性に中で生きてきたからこそ、

あなたは親の価値観の影響を大きく受けてきたのです。

 

それは、分かりやすい例で言うと、

答えの用意された道を歩んできた、用意されたレールの上を歩んできた、

ということでもあります。

 

 

「これは、こうすべき」

「これは、こうあるべき」

「これはしてはいけない」

「こうしなきゃいけない」

 

そういった親の価値観によって植え付けられた”観念”というものがあるのです。

言い換えるなら、プログラムということでもあります。

 

 

そうやって、ある意味”自分という存在を抑圧しながら生きてきたために

何らかの行動を起こすときにも、親の価値観を使ってきたわけです。

 

となると、親の価値観に縛れた”わたし”から解放されると、どうなると思いますか?

それは、あなた自身の価値観というものが”ない”から

どのように考えたら良いのか?

どのように行動したら良いのか?

 

その判断基準というものがなくなるので、

あらゆる面において行動できなくなる、という側面があるのです。

 

まさに、”自分がない”状態です。

 

 

なぜなら、これまでは親の価値観に染め上げられた”わたし”という価値観で生きてきたので

それを、「はい、じゃあ”いま”から親の価値観を捨ててしまいます!」と宣言したところで

親の価値観を差し引いた”わたし”というものは、何が残るでしょうか?

 

確かに、何かは残っていると思いますが、そこに”わたし”は不在でしょう。

 

 

自分を表現してはいけない、という

自分を抑圧して生きてきたのですから、あらゆることが閉じてしまっているのです。

閉じてしまっているから、感じられない。

感じられないだけじゃなく、考えられない。

 

そして、判断もできないし、決断もできないのです。

なぜなら、判断基準というものを捨ててしまったら、

何で判断したら良いのでしょうか?

 

そうなりますよね?

 

 

親の価値観に縛られて、それによって生きづらさを感じていたことは間違いないでしょう。

それは、デメリットな部分ではあるわけです。

 

 

でも、親の価値観に染まってしまう、

ということは、ある意味「依存」なのです。

わざわざ、自分自身で考えなくても、

親の価値観を採用して判断すればいいのですから。

 

そうなんです、「依存」してしまっていたから、

簡単に親の価値観を捨て去ることはできないのです。

ひとって、そういう生き物なんですね。

 

 

これまでに、それが自分にとって良いものであろうが、良くないものであろうが、

一度手に入れたもの、カタチ作ったものを

そう簡単には捨てることができない、という側面があるのです。

 

なので、「親の価値観に縛られた人生は嫌だ」、

と思って捨て去ろうとしても簡単に捨てれない。

捨てられたとしても、自分自身で考え、判断する材料(価値観)がないから、

結局は親の価値観を採用してしまうんですね。

 

 

だから、変われないのです。

すぐに元通りになってしまうのです。

 

新たな価値観を一からつくり出すことは、めちゃくちゃ大変です。

それは、想像に容易いのではないでしょうか?

膨大な知識と経験の積み重ねの結果が、価値観をつくっているのですから。

 

 

それを、いまから新たにつくり出すというのは、

エネルギーコストの側面から言っても

まあ、不可能でしょう。

あまりにもコストがかかりすぎるのです。

 

だから、結局のところ現状維持を選択してしまう、

というのが多くのひとが変われない理由でしょう。

 

 

 

じゃあ、方法はないから諦めるしかないのか、

と言ったらそうではありません。

 

新たな価値観は一からは作れないけど、

これまでの知識や経験を全て捨て去るのではなく、

それらを新たに定義し直していく、ということで、

あなたの価値観は書き換えることができるのです。

 

 

 

どういうことか、解説していきましょう。

 

 

 

新たな価値観を一から創るのではなく、これまでの価値観を再定義すること

 

わたしたちの価値観というものは、

過去のあらゆる体験から成り立っているものですよね?

 

これまでの人生においてあらゆる体験をしてきたと思うのですが、

その膨大な体験の中でも多くの体験は記憶に残らず捨て去られたものです。

記憶に残っている体験の中で、

印象として強かったものが、価値観の形成に大きく関与している、

ということは何となくイメージしやすいのではないでしょうか?

 

価値観の形成には、過去の経験において、

その体験と、それに伴う感情とがセットになったもの、

つまり情動記憶が大きく関与しているのです。

 

 

ひとそれぞれに、同じ体験をしても、

その体験の捉え方っていうのは違っています。

だから、あなた自身が、その出来事をどのように捉えたのか、

ということが重要になってくるのです。

 

 

例えば、「トラウマ」と言われているものがありますが、

それは過去のある出来事を、

あなた自身が、ネガティブな意味づけをしてしまったもの、

と定義することができます。

 

その一方で、同じ出来事を体験したひとがいたとしても、

その出来事をネガティブな意味づけをすることがないひともいるわけです。

 

 

じゃあ、その”違い”って、一体どこが境目になるのでしょうか?

 

 

 

脳の仕組みを知ることで見えてくる問題構造

 

脳科学的には、ひとは感情を内側の脳(動物的)でつくって、

それに理論を外側の脳(人間的)でつくると言われています。

 

つまり、ある刺激を受けたときに、

その刺激に対応する感情が沸き上がり、

湧き上がった感情に理論付けをしているのです。

 

そのひとつの例として、

わたしたちは、「楽しいから笑うのではない。笑うから楽しいのだ」

という哲学者でもあり、心理学者であるウィリアム・ジェームズというひとの言葉があります。

つまり、「笑う」というカラダの反応があって、

そこに「楽しい」という理論付けをしている、ということですね。

 

 

ある刺激があって、

その刺激に対するココロの反応としての感情とカラダの反応がある。

そのココロとカラダの反応を感じて、脳が理論づける、

という流れがあるわけです。

 

理解できないひとのために、もっと簡単に言うと、

湧き上がる感情というものは、どうしようもないことなんです。

人間っていうのは、感情の生き物なんですから、

人間から感情を奪ってしまうと人間らしさというものは無くなってしまいます。

 

もちろん、感情というものは抑制できるという側面がありますから、

感情をコントロールするというのはできないということではありません。

でも、湧き上がる感情を抑圧してしまうと、

その結果、カラダの中で抑圧した感情のエネルギーが不純なエネルギーとして蓄積されていき、

最終的には何らかのカタチで、問題として勃発することになります。

 

だから、湧き上がる感情というのは自然なことであり、

抑圧するものではない、というのが健全な捉え方でしょう。

問題なのは、湧き上がった感情に、

あなた自身がどのような意味付けをするのか、ということなのです。

 

ひとは湧き上がった感情に対して、その理由を探すのです。

どのように意味付けするのかは、あなた次第なのです。

 

 

話を少し戻して、

ある刺激があって、その刺激に対するカラダの反応というものは、

本能的な、自動反応であり、瞬時に起こるものです。

だから、そこにわたしたちの意識や思考を介入させることはできません。

 

わたしたちの意識を介入させることができるのは、

後から理論付けを行う、そのときでしょう。

そこに意識的に思考を介入させて、どのように意味付けをするのか、

についてはコントロールできる部分なのです。

 

先ほど、ネガティブな意味付けをするひともいれば、しないひともいる、

という話を書きました。

そして、その境目はどこにあるのか?という問題提起もしました。

その答えは、ここの部分なのです。

 

 

本能的に、瞬時に起こる反応というものはコントロールできないし、

意識や思考を介入させることはできません。

その後の、どのように意味付けをするのか、という部分が境目になるのです。

ネガティブな意味付けをするのか、しないのか、そこの処理過程の違いなのです。

 

ネガティブな意味付けを行なうひとは、

あらゆる出来事をネガティブな意味付けをしてしまうことが、

習慣化されてしまっています。

言わば、ネガティブな意味付けをするようにプログラム化されている、

といっても良いでしょう。

 

 

あなたの周りにもいませんか?

そんなに大したことでもないのに、ネガティブな意味付けをしてしまうひとが。

 

その一方で、色んな出来事をポジティブな意味付けをするひともいるわけです。

 

一体どちらの方が、自分の人生を健全にすると思いますか?

わたしは、後者ですね。

 

 

このように、自分自身でコントロールできない部分は仕方がないけど、

意識的に介入できる部分があるわけです。

そして、そこに介入して、意味付けを変えるだけで、

捉え方が180度変わるわけです。

 

捉え方、というのは、そのひと自身でしか変えることができない部分ですよね。

誰かが、代わりにやってくれるものでもないし、介入できる部分でもありません。

 

結局は、あなた自身が、自分自身と向き合うことで

習慣化している”わたし”を少しずつ、変えていくしかないのです。

 

 

その過程は、とても地味ですが、

ココロとカラダというのは一気には変えられないのですから

日々、コツコツと自分自身と向き合っていくしか、

本質的な部分は変えられないのです。

 

このように、湧き上がる感情に、意識的に介入して意味付けを変えていく。

そのことによって、あらゆる事象と、

ネガティブな感情というものを切り離して考えることができるようになります。

 

その結果、感情に巻き込まれないようになるわけです。

感情と距離感をもって、接することができるのです。

 

 

親との関係性の話でいうと、不安や怖れの感情が湧き上がったときに、

「親から受け入れられていない」

「親に受け入れてもらえない」

という意味付けをしてしまう、ということが問題なのです。

 

 

果たして、それは事実なのでしょうか?

思い込みなのでしょうか?

そこをまずは、識別することが重要だと思います。

 

思い込みであれば、その思い込みというのは変えることができますよね。

意味付けを変えれば良いのですから。

 

このように、あなた自身の捉え方、

湧き上がった感情に対して、どのように意味付けをするのか、

そこを意識的に向き合いながら、

あなたの持っている自動プログラムを書き換えていくことが大事になってくるのです。

 

自動プログラムとは、ある感情が湧き上がったときに、

ネガティブな意味付けをするプログラムのことです。

そのプログラムを解除しない限り、あなたは永遠にあらゆる出来事を

ネガティブな意味付けにしてしまうでしょう。

 

ひとつひとつ、日々の生活の中で、目の前に起こる出来事と向き合って

その出来事で湧き上がる感情の捉え方、というものを

ネガティブな方向に意味付けしないように方向性を変えていくのです。

 

そのことによって、不安や怖れの感情が湧き上がったときに、

ネガティブな理論付けをすることがなくなるでしょう。

あなた自身を健全な方向に意味付けするようになるのではないでしょうか。

 

 

結局は、不安や怖れの感情の根底にあるのは、

「親から受け入れてもらえない」ということによる承認欲求が満たされない、

ということと、自己肯定感の欠如だと思うのです。

それが、親だけじゃなく社会に出たときに、

あらゆる場面で自己肯定感の欠如が問題となって、不安や怖れの感情に支配され、

自己表現ができなくなっているのです。

 

だからその自己肯定感の欠如を解消するには、

あなた自身の中で安心感を生み出し、満たすことを、あなた自身でやっていくことと

できることなら、あなたの親と向き合って、

あなたが想っていること、感じていることをありのままに表現する、

ということをやっていけば、確実に変われるでしょう。

 

 

どこにいても、誰といても、あなたがあなたらしく存在できる。

つまり、自己表現しながら生きていくとができる、

ということになると思っています。

 

 

 

まとめ

 

・あなた自身が抱えている生きづらさは、

あなたの親の価値観を知ることから、その問題構造がみえてくる。

そして、あなたの親の価値観は、あなたの親だけのものではなく、

あなたのご先祖さまから代々受け継いできた価値観を受け継いできたものである。 

 

・あなたが、親の価値観の呪縛から抜け出すには、

直接的に親と向き合う方法と、間接的にモノゴトを再定義することによって乗り越える方法がある。

もちろん、両面からのアプローチで取り組むことによって効果的に改善することができる。

 

 

・親との関係性を改善するには、あなた自身が変わること。

親を変えようと思っても、それは難しい。

親を変えようとするのではなく、

あなた自身が変わることの方がよっぽど簡単であるし、健全な考え方である。

 

 

・あなたが自己表現しながら生きていくには、

あなた自身が自己表現できない土壌をつくってしまった

親との関係性を改善することが大きな意味を持つ。

親との関係性が改善すれば、自己肯定感が持てるようになるし、自己表現できるようになる。

その結果、社会においても自己表現できる”わたし”として生きていくことができる。

 

そのために効果的なのは、もっともやりたくないことである、

あなたの親にありのままにあなた自身の想いを吐き出してみる、

ということをやってみることが大事。

それをやることで、あなた自身の壁を破壊することできる。

 

 

・あなた自身とのつながり、一体感を取り戻すことで、

あなたの中に安心感で満たすことができるようになる。

安心感で満たすことができると、あなたの中で自信が生まれるようになる。

承認欲求を求めることがなくなるし、あらゆるものとの一体感を持って生きることができる。

 

あらゆるものとの一体感は、

あなたの過去・現在・未来の出来事全てに信頼が生まれ、

あなた自身の人生を信頼することができるようになり、

人生が大きく展開していくことになる。

 

何が起こっても、それは”わたし”自身を成長・進化させるための機会を与えてもらっているんだ、

という捉え方ができるから、何が起きても動じなくなる。

それは、つまりあなた自身の「軸」と「ハラ」がカタチ作られるということになり、

自立した生き方ができるようになるということである。

 

 

・あなた自身を制限しているプログラムを書き換えるには、

あなたの中で湧き上がる感情に対して、ネガティブな意味付けをしないように

意識的に介入して書き換えていくこと。

 

そうやって、あらゆるモノゴトに対する捉え方を

ネガティブな意味付けをしてしまうプログラムから脱却していくことが、

あなた自身の人生を展開させていくために大事なことである。

そういう捉え方ができるようになると、

あなた自身が軽くなり、周りが明るくなり、

周囲に良い影響を与えることができるようになり、良いご縁に恵まれるようになる。

その結果、人生が良い方向に展開していくことになる。

 

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