幸せになりたいひと必見!幸せはすでにあなたの中にある

      2017/09/22

多くのひとが、”幸せになりたい”

そういう願いを持ちながら生きていると思います。

 

そもそも、幸せとは一体どういう状態のことをいうのでしょうか?

幸せの語源を調べてみると、語源由来辞典には、こう書かれています⬇️

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しあわせる(為る+合わせる)の名詞形として生まれた語で、

本来は、『めぐり合わせ』の意味で『しあわせが良い(めぐり合わせが良い)』

という意味で用いられていました。 

 

江戸時代以降、『幸せ』のみで『幸運な状態』を表すようになり、

更に、事態よりも気持ちの面に意味が移って『幸福』の意味になって

『幸』の字が当てられて『幸せ』と表記するようになった、

と書かれています。

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語源を知ると、言葉のひとつひとつにそれぞれの意味があることが分かりますね。

その一方で、本来の意味合いとは、ズレて認識してしまっていたり、

使っているということが少なくありません。

 

自分が幸せなのか、幸せじゃないのか、

それは、誰が決めているのでしょうか?

それは問うまでもなく、もちろん、他でもない”あなた”自身ですよね?

 

結論から言うと、自分の価値観の中で、わたしは幸せである、

幸せじゃない、と判断しているだけに過ぎないのです。

 ※価値観については、自らの価値観が世界を狭めている icon-share-square-o 

の記事で詳しく書いていますので参考にして下さい。

 

じゃあ、その違いはどこから生まれてくるのでしょうか?

そういう観点から”幸せ”について話を展開していきたいと思います。

 

 

 

自分の価値観に縛られている

 

 

自分が幸せなのか、幸せじゃないのか。

それは、他でもない自分自身が判断しているものです。

 

その判断は、一体何によって判断されているのでしょうか?

それは、自分自身の価値観であり、自分自身の持っているフィルターになります。

※フィルターについては、取りたい情報だけを取っている  icon-share-square-o 

の記事で詳しく書いていますので、参考にして下さい。

 

フィルターという言葉がしっくり来ないひとは、

”視点”という言葉に置き換えてみると理解しやすいかもしれません。

 

わたしたちは、客観世界に生きていながら、

同時に、主観の世界に生きています。

これだと抽象的すぎて理解しにくいかもしれません。

 

もう少し、分かりやすくいうと

例えば、自分と誰かがいて、同じ景色をみているとします。

客観的には、二人とも同じ景色をみていることに変わりはないのですが、

それぞれに、みているものが違っています。

 

 

視覚的には、どちらも景色全体をみているのですが、

脳はそのように認識していないかもしれません。

そのひと自身がみたいものしかみていない

 

本当は潜在意識下では膨大な情報を受け取っているのに、

顕在意識では、自分の受け取りたいものしか情報として上がっていないのです。

つまり、個々でみているものが違っているのです。

 

それは、ひとは自分がみたいものしかみない、という特性があるからです。

膨大な情報を受け取ってはいるのですが、そのすべてを処理しようとすると、

膨大なエネルギーがかかってしまうので、自分が受け取りたいものしか、

受け取って処理しないようにできているのです。

 

だから、自分はその景色全体をみているけど、もうひとりのひとは、

景色の中で何か動いているものに意識が奪われていて、

全体ではなく、部分だけをみている、ということもあるわけです。

 

それぞれがみている世界は、お互いの主観の世界であり、

その主観の世界が絶対的なものという思い込みがあり、

自分がみている世界(主観の世界)は、自分以外の

すべてのひとにも共通してみえているもの、共有しているもの、

という思い込みを抱いてしまっています。

 

 

こういう特性があるので、他者とのコミュニケーションをした際に、

お互いの話の焦点がズレてしまいやすいのです。

 

 

価値観はどうやってつくられるのか?

 

 

価値観の違いによって、個々でみている世界が異なっている

ということを書きました。

では、その価値観はどのようにしてつくられるのでしょうか?

 

価値観の形成に大きく関わっているのは、やはり、

自分の親、両親の影響がもっとも大きいでしょう。

 

そして、学校など、家族というコミュニティ以外の

大きな組織やコミュニティに属するようになると、

それらの価値観や常識、観念なども価値観の形成に大きく影響を与えるようになります。

 

 

わたしたちは、競争社会の中で育ってきています。

ひとと比較される環境の中で生きてきました。

それは、いまでも継続中ではあります。

 

自分が幸せなのか,幸せじゃないのか、という判断は、

多くのひとの場合、他者との比較によって自分自身で判断しているものです。

他者よりも、何かしら優れていることで優越感を持つことができます。

・ひとよりも運動ができる

・ひとよりも勉強ができる

・ひとよりも裕福な暮らしをしている

 

色んな側面で、他者と自分を比較し

他者よりも優れていることが

自分自身の幸せである、と思い込んでしまっているのです。

 

比較する、というのは、どこまでいっても、上には上がいるものです。

運動ができる、勉強ができる、お金を持っている。

こういったことでみてみても、できるひとは、

いくらでも上にはいるし、お金を持っているひとも、

いくらでも上には上がいるものです。

 

だから、他者と比較して、自分が勝っているのかどうか、

を価値の判断基準にしてしまっている限り、他者と比較して、

劣等感を抱き続けてしまうことになり幸せな状態は、

一生手に入れるはできないでしょう。

※比較については、ひとと比較しないこと  icon-share-square-o 

の記事で詳しく書いていますので参考にして下さい。

 

別の観点からみると、ひとよりも様々な側面で劣っているけども、

明らかに精神的に余裕があり、豊かな生活を送っているひともいます。

 

例えば、お金の話でいうと

お金は生きていく上で最小限しかなく、貧乏な生活をしているひとがいて、

物質面では困っているかもしれないけど

精神的には、とても豊かな暮らしをしている、というひともいます。

 

逆に、めちゃくちゃお金は持っていて物質面は豊かな生活をしているけど、

精神的にはとても不自由な生活をしているひともいます。

 

そういうひとをみると

お金を持っていること=幸せ、ではないということがわかると思います。

 

お金の話で言うと、

物質面で豊かになること=幸せである、

という思い込み、図式の世界に生きているから物質面だけにとらわれて、

精神的に不自由な生き方になってしまっているのです。

 

だから、精神的な豊かさこそが幸せである、

という世界に生きているひとにとっては、お金というものは、

生きていく為に必要最小限あれば問題ないのです。

 

このように、わたしたちは物心ついたときから他者と比較され、

ひとよりも優れていることが素晴らしいという

観念をすり込まれて育ってきているのです。

 

 

だから、ひとよりも何かの面で劣っていることがあると、

自分自身に劣等感を抱いてしまって自信をなくしてしまうのです。

そして、自分はダメな人間であるというレッテルを自ら貼付けているのです。

 

つまり、自分で自分をダメ人間であると洗脳し続けている、

とも言えるでしょう。

本当の自分自身を生きていない。

親の価値観や社会の常識や観念をすり込まれた”わたし”という存在を生きているのです。

 

だから、多くのひとが、様々なことに悩み、苦しんでしまっているのです。

 

なぜ、悩みや苦しみを生み出すのでしょうか?

 

それは、先ほどにも書いたように、自分自身を生きていないからです。

すり込まれてできあがった”わたし”を生きているのです。

 

親の価値観や社会の常識、観念をすり込まれてできあがった

”わたし”で生きている限り、その価値観や常識、観念に

縛られ続けて生きていくことになります。

 

 

それは、決して自分自身が本当にしたいことでもなく、

本当にやりたいことでもないもの、なはずです。

すり込まれたもので、できあがった価値観。

それが、本当の自分自身と思い込んでいるだけなのです。

 

だから、まずはそこに気づかなくてはいけないのです。

すり込まれたもので出来上がった”わたし”。

それは、本当の自分自身ではない、ということ。

そのことに、自分自身で気づくこと。

そこから、本当の自分の人生を生きることができるようになります。

 

 

 

幸せとは?

 

 

幸せとは、他者との比較でひとよりも勝るということではありません。

また、物質的な欲求を満たすことでもありません。

 

そういったもので、満たされるのは表面的なものだけであって、

ココロの深いところまでは満たされることはないのです。

 表面的なものは、一時的な満足感でしかありません。

 それは、瞬間的であり、だからこそ、もっともっと、

と欲求度が上がってしまって、精神的に不安定、不自由な状態に陥ってしまうのです。

 

じゃあ、幸せな状態というのは、どういった状態のことをいうのでしょうか?

それは、自分自身との一体感を感じられる、という状態でしょう。

 

ココロもカラダも表面的な部分ではなく、

深いところから満たされる状態になります。

ココロがとても穏やかで、感情にも、思考にも支配されることなく、

カラダは深くリラックスした状態で、とても静かです。

 

意識も、自分のカラダから外側に向かってどこまでもひろがっており、

自分と空間、自分と他者との境界を感じられず、

他者、空間とも一体感を感じている状態です。

自分自身との分離がなく、他者や空間との分離がない。

あらゆるものとひとつになっている感覚が得られます。

 

 

それは、安心感をはるかに超える”大安心感”を得られる状態です。

安心感があるからこそ、自分自身を、他者や空間をも

信頼することができるようになります。

 

自分自身が、とても深いところまで満たされている。

だから、他者にも惜しみなく貢献できるし、

ひとから、何かを奪おうという発想も起こらないのです。

当然、争おうとも思わなくなります。

 

このように、ココロもカラダも自由な状態。

それが、一体感を持つことで得られるようになります。

その状態こそが、”幸せ”という状態なのです。

 

 

 

自分の内側にある

 

 

ひとは、自分自身とあらゆるものを分離してしまっています。

他者をみて、自分にはこれがない、あれがない。

これが劣っている、あれが劣っている。

そうやって、自分の中には”ない”と思っているものを、

他者と比較しては見つけ出し、自分自身に劣等感を積み重ねていっています。

 

実は、そういった”ない”と思い込んでいるものは、

すでに自分の中に”ある”のです。

自分の中にすでにあるから、他者をみたときに、

”それ”に意識が向かうし、みつけることができるのです。

 

自分の中にないものは、外側をみたときにみつけることはできません。

自分自身が、モノゴトの意味や概念を知っているからこそ、

”それ”を認識できるのです。

 

 

つまり、何が言いたいのかというと、自分は幸せではない、

というひとの多くは、

自分の外側に何か、自分を幸せにしてくれるものがある、

という幻想を抱いていて、その幻想の世界に生き続けているのです

 

答え探しゲームと一緒で、自分が求めている答えは、

きっと外側にあるんだ、という思い込みが強いのです。

 

 

しかしながら、”答え”というものは、自分の外側にいくら求めても、

決して得られることはありません。

外側に求めて色んなことをやり尽くした結果、外側にはない、

ということに気づくのです。

 

その気づきが合った瞬間に、いわゆる”悟り”の状態に入るのですが、

答えは、すでに自分の中にあったんだ、ということに気づくようになります。

そして、自分自身と向き合いながら成長・進化していく生き方に移行していくのです。

それこそが、自分の人生を生きるということになります。

 

話が、”幸せ”というテーマから脱線したように感じられるかもしれませんが

結局は、幸せは自分の外側にあるものではなく、

手に入れるものでもなく、

すでに自分の中にあるものだから、

そのことに”気づく”ということが大事になってきます

 

これを聞いて、

『いや〜、そんなことはない!』って、

納得できないひとは少なくないでしょう。

 

その気持ち、よ〜くわかります。

わたし自身も、過去に同じように思っていましたから。

でも、いまは完全に、そうである、と言い切れます。

実体験としてありますし、その状態に持っていくこともできるからです。

 

『そんなことはない!』と思い込んでしまっているひとは、

かなり自分自身から分離してしまっています。

 

そして、自分自身を否定し、拒絶し、自分自身を

雑に扱ってしまっていて、大切にしていないのです。

だから、一体感を得るどころか、

まったく、真逆な方向に進んでしまっているのです。

 

幸せとは、一体感を得ること。

 

一体感は、探究すればどこまでもより深く、ひろい世界があります。

質が高まれば、高めるほど、一体感が満たされますし、

同時に、幸せ感も高まるようになります。

 

”幸せ”という感覚は、言い換えると”安心感”なのかもしれません。

安心感があるから、ココロもカラダも自由になれる。

怖れや不安があれば、何かに縛られ、

ココロもカラダも不自由な状態になってしまいます。

 

 

まとめ

 

幸せ=一体感を得ること、安心感を得ること。

そのように、わたしは捉えています。

 

あなた自身が、自分という存在と分離せずに

どれくらいの一体感をもって、生きられるのか。

それがもっとも大事なことになります。

 

幸せは、あなたの外側にあるものではなく、

外側からやってくるものでもありません。

 

 『幸せになる方法』

このキーワードで検索すると、まあ、色んな方法論を知ることができますが、

そういったもので、果たして自分自身とのつながりを

取り戻すことができるのでしょうか?

 

もちろん、すべてを否定しているのではありません。

万人受けする方法論なんてものはありません。

 

これまで書いてきたように

答えは、外側にあるものではないのです。

自分の中に、すでにある。

それに気づくことなのですから。

 

どうやって、気づくのか?

 

その方法があるとすれば

それは、あなたが、”わたし”という存在に向き合い、

日々、丁寧に接していくことで

”わたし”という存在とつながることができるようになるのです。

 

これまですり込まれてきたもので出来上がった”わたし”。

その殻をひとつひとつ剥いでいくことで、

本当の”わたし”に出逢うことができます。

 

こう書いてしまうと、具体的じゃないし、抽象的すぎて、

めちゃくちゃスピリチュアルに偏ってるのでは?

と思ってしまうかもしれませんが、そんなことはありません。

とても現実的な側面から話をしているのです。

 

あなたの中には、すでに”幸せ”はあります。

それをみるフィルターがないからみえないだけなのです。

 

だから、それをみるためのフィルターを、

あなた自身で、手に入れていきましょう。

それは、すり込まれたものを剥いでいくという

プロセスを進めて行くことで可能となってきます。

 

さあ、あなた自身とつながり

本当の”幸せ”を手に入れましょう!

 

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