わたしたちの人生は、連想ゲームの中で生きている

      2017/09/22

こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

 

わたしたちは、モノゴトをモヤモヤした状態にしておくことを嫌います。

だからこそ、思考する過程で、ある”概念”や”枠”にはめることで、

段階的に硬直化した状態をつくり上げていきます。

そのことによって、モヤモヤした状態を

回避することができるので、安心感を得ることができるわけです。

 

ひとは、安心感を求めます。

安心感の欠如は、あらゆる問題を引き起こしてしまうからですね。

 

だから、思考の過程でも、ひとつひとつ何かにはめ込んで、

硬直化してしまうのです。

でもね、そういった垂直型の論理的な思考をしてしまうと、

確かに何らかの答えやストーリーを導き出しやすい、といった反面、

自分自身の価値観に偏った思考をしてしまうことになるのです。

つまり、世界が広がらないってことです。

 

自然の摂理であるように、本来は硬直化することなく、

流動的なあり方であることが望ましいのです。

 

今日のブログでは、わたしたちの世界を広がらなくさせてしまいがちな

『連想ゲーム』について話を展開していきたいと思います。

 

 

 

人生とは連想ゲームの連続である

 

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連想ゲームという言葉を聞いて、それが何のことなのか?

という疑問を抱いたひとも多いのではないでしょうか。
 

 

わたしたちの誰もが、自分自身の判断や選択は、

自ら能動的に行っているものであり、自由意志を持って生きている、

と思い込んでいます。

 

”思い込んでいる”というのは、脳化学的にみると

まぎれもない事実です。 
 

 

わたしたちは感覚的に、明らかに自らの自由意志というものがあり、

その自立した意識的な自分が、判断や選択を下している、

ということを信じてやまないでしょう。

 

しかしながら、脳のメカニズム的になるべくコストをかけないで、

省エネで活動するようなプログラムが備わっています。

 

そのプログラムによって、いかに、わたしたちの行動が

導かれているものなのか、ということを知らないだけなんです。

 

連想活性化と呼ばれるプロセスがあります。 

 

最初に思い浮かんだことが、また別のことを呼び起こし、

頭の中に次から次へと活動がつながっていく。

こうした複雑な、ひとまとまりの現象の基本的な特徴は、

一貫性が保たれているということです。

 

ひとつひとつが他と関連づけられ、支え合い、強め合っていく。

言葉は記憶を呼び覚まし、記憶は感情をかき立て、

感情は顔の表情や他の反応(緊張や回避行動など)を促す。

 

そして、表情を変えたり、回避行動をとったりすれば、

そのもとになった感情は一層強まり、それがまた、

感情に即した考えを強めるという具合にです。

これらはごく短時間で、しかも同時に起き、

認知的・感情的・認知的反応の自己増殖パターンを生み出すのです。

 

このパターンは多様であるが統一されており、

このことを連想一貫性があると言います。
(ファスト&スロー(上):ダニエル・カーネマン著,早川書房,2012.より引用)

 

このように、ある刺激があって、その刺激を感じたときに

わたしたちは、過去の体験から、あらゆることを、

その”刺激”という情報に結びつけることで、連想ゲームのように、

ひとつのストーリーを瞬時につくりあげて、反応をしています。

 

もう少し分かりやすくいうと、

これは、あるひとつの例にすぎませんが

あるひとと出会ったとき、そのひとの表情や、

性別、体格、雰囲気などを観察して、瞬時に、

自分にとって危険か、そうじゃないかを判断しているわけです。

 

それは、過去の経験をもとに、色んな情報を

リンクさせながら、ひとつの結論を導き出しているのです。 

 

 

例えば、自分自身が、幼い頃に大人の男性の、

ある行為をみて、その体験によって、嫌な思いをしていたとします。 
 

 

そうすると、成長して大人になった”いま”でも

目上の男性という先行情報だけで、過去の嫌な体験と

結びつけられて警戒態勢に入ってしまう。

 

上にも書いたように

記憶が、感情を呼び覚まし、感情が顔の表情やカラダの

緊張状態をつくり出してしまうんです。 

 

たとえ、雰囲気が優しそうなひとであっても、

『年上』、『男性』という先行情報が、自分の中で認識された時点で、

瞬時に過去の嫌な体験と結びつけられてしまうんです。 
 

 

このように、過去の色んな体験が記憶として残っており

その記憶が先行情報が入った時点で、瞬時に呼び起こされて、

ひとつのストーリーをつくり上げてしまうのです。 
 

それは、

自動的ともいえるプログラムであって

そのプログラムに、いわば支配されてしまっている

というわけです。 
 

 

 

自動的に働くプログラムに支配されている

 

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そのプログラムは、自分自身で認識はされずに、

瞬時に反応して起こるものであるので、そこに

意識を介入している時間はありません。

 

だから、わたしたちは、その行動に至った理由が、

自分ではさっぱり分からないのに、同じような行動を

とってしまう、ということが多々ありますよね。 
 

 

それは、わたしたちが色んな自動的に働くプログラムをもっていて

そのプログラムに委ねながら生きているということでもあるのです。 
 

 

それにはメリットもありますが、デメリットもあります。
 

 

メリットとしては、先行刺激があって、いちいち色んな思考を

めぐらせたりしなくても良いので、そこに使うエネルギーを

使わないで済むということです。 

 

ひとは、省エネで生きるようにプログラムされており、

コストがかかってしまうことに対しては

大きなストレスを感じてしまうのです。 

 

 

また、瞬時に判断、選択をすることができるということは、

あらゆる流れが滞らずに”スムース”になるということでもあります。

 

わたしたちが、日々生きている中で求められるのは、

ひとつひとつ、じっくりと考える時間があって、

そういった猶予が与えられていることばかりではありません。
 

 

思考を介することなく、瞬時に判断が求められることの方が、圧倒的に多いのだから

そういった面では、メリットにはなり得るでしょう。

 

しかしながら、この瞬時に判断するプログラムは、

万能ではないし、完璧なシステムではありません。

ときにエラーといった間違いをおかすときもあるし、

判断や選択肢が適切ではないこともある。 

 

 

先ほど例に出したように

ある先行情報があって、そこに過去のネガティブな体験から

呼び起こされる記憶を結びつけてしまうと

その体験の記憶であったり、感情であったり、カラダの緊張

といった反応がどんどん強化されてしまいます。

 

本来は、そこまで大きな問題ではないはずなのに、

自分の中で、どんどん肥大化していくことによって、

大きな問題となっていく可能性が大きいのです。 

 

あなた自身が、つくり出してしまったプログラムを

書き換えない限り、特定の先行情報をみるたびに

自動化されたプログラムが働くことになります。

 

そのことによって、あなた自身を悩み、苦しめてしまうのです。

こういったプログラムには色んなものがあります。

自分には、どういったプログラムが備わっているのか、

そこを知ることが重要なのです。

 

 

過去の記憶は消すことはできませんが、連想ゲームだと捉えてみると

何を連想させるのか、という部分において、

自ら積極的に介入していくことで違うものを想起させて、

そのプログラムを書き換えることが可能になってくるわけです。 

 

 

その結果、自分自身が抱え込んでいた問題が

実は、自分の思い込みによって、つくり出されていた、

ということに気づけるようになるでしょう。 
 

 

そのことに気づけたとき

あなた自身が抱えていた”思い込み”から解放されることになるのです。 

 

事実と思い込みを分けることが大事

 

このように、わたしたちは

”事実”と”思い込み”を常にごちゃ混ぜにしてしまっていて

モノゴトを”ややこしく”してしまっているのです。
 

 

事実を、事実だけ抽出してみることができずに

多くの思い込みを、持ち込んでしまっているのです。 

 

事実だけを取り出してみてみたとき、実は、

『それは問題ではなかった』ということに

気づくことがほとんどでしょう。 

 

 

問題と思っていることのほとんどは、

あなた自身の思い込みがつくり出したものなんです。

 

 

結局は、自分次第。

自分自身で、そのことに気づけない限り、

その問題は、”問題”として存在し続けることになるのです。

 

 

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