生きている実感を得るには、カラダの感性を開くこと

      2017/09/22

こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

 

現代社会は、情報化社会と言えます。

 

そんなあらゆる情報に溢れている世界で生きているわたしたちは、

その情報量の多さに脳に大きな負荷がかかってしまっているのです。

つまり、脳のオーバーヒートです。

 

脳に負荷がかかってしまっている、ということは

脳にエネルギーが集中してしまっている、ということでもあります。

 

 

それは、思考ばかりを働かせてしまっているから、

脳にエネルギーが集中してしまっている、という側面があります。

 

思考ばかり働かせていて、カラダへの意識が希薄になってしまっているのです。

 

それは、カラダというものが切り離された状態で生きている、

ということであり

カラダの感性が閉じてしまっているから、不感症になり、

”いま”を生きることができずに、生きている実感やリアリティを感じられないのです。

 

 

”いま”を生きられない、ということは

思考ばかりを働かせて、バーチャルな世界で生きている、ということです。

カラダの感性を開いて生きていくことで、”いま”を生きることができます。

 

 

つまり、”いま、ここ”という瞬間に

あなた自身が、一体何を感じ、何がしたいのか。

そういったことをベースに生きていくことができるのです。

 

カラダの感性を開き、頭とカラダが分離してしまっている状態を解消し

頭とカラダを統合していきましょう。

 

 

それこそが、あなた自身の人生を生きることにつながるのです。

カラダという物理的なものをもって、この世界で生きることができるのです。

 

だから、頭とカラダを切り離していては、現実世界では生きることができないのです。

 

 

バーチャルな世界で生きるのではなく、現実世界に生きること。

それが、地に足をつけて生きる、ということでもあるのです。

 

 

 

カラダから始められる

 

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カラダへの意識が希薄になっている。

それは、不感症になっている、ということです。

 

 

現代社会は、情報が氾濫している環境に、わたしたちは

身を置いていて、自ら情報を取ろうとしなくても、

勝手に多くの情報を受けてしまう環境にあります。

 

だから、そういった膨大な情報処理をせざるを得ない状況にあり

脳への負担が、大きくなってしまっているのです。

 

それは、つまり頭にエネルギーが集中してしまっている状態とも言えるでしょう。

脳は、オーバーヒートしていて、もうこれ以上は処理できない、

と悲鳴を挙げているのです。

 

※脳のオーバーヒートについは、

脳のオーバーヒートが、あなた自身の思考を停止させている icon-share-square-o 

という記事も読んでみて下さい。

 

頭にエネルギーが集中してしまうということは、

カラダへの意識が希薄な状態となってしまいます。

地に足をつけることなく、カラダの中のエネルギーが上へ上へと上昇していく。

そういった、エネルギーの状態で生きているのです。

 

頭にエネルギーが集中していると、思考ばかりが働いてしまいます。

意識やエネルギーが、思考することに使われてしまっている。

だから、カラダの感性が閉じてしまっているのです。

 

このように、頭にエネルギーが集中してしまう=思考ばかりを

働かせてしまっている、という偏った状態で生きているのです。

つまり、”頭でっかち”の状態になってしまっているということです。

 

カラダというものは、間違いなく存在しているけど

カラダへの意識が、希薄となってしまっているために、

頭だけで生きている、といったような状態で生きているとも言えるでしょう。

 

それは、つまり、頭とカラダを切り離して、分離してしまっている、

ということなのです。

だから、ココロとカラダも分離している、ということにもつながります。

 

 

生きている実感を感じるには、カラダの感性を開くこと

 

わたしたちは、この現実世界にカラダという

物理的な肉体をもって生きています。

 

 

そのカラダに意識を向けないというのは

地に足を着いて生きていないということになり、

生きていることに対してのリアリティをもてないのです。

 

 

生きている実感が湧かないのは

カラダの意識が乏しい状態になっているから。

 

そういった不感症になっているひとに『カラダへ意識を向けてみて下さい』

と言っても、それは簡単なことではありません。

 

目では確かにみえているのに、カラダを感じることができない。

 

それはある意味仕方のないことでもあります。

 

 

これまで、カラダに意識を向けてこなかったのだから

頭とカラダがつながっていない状態

つまり、神経回路がつながっていないから、

いくらカラダを感じようとしても、つながっていないものは感じられません。

 

カラダに意識を向けて、つながっていない神経回路にスイッチが入り出すと、

頭とカラダがつながり出すようになるのです。

 

 

そうすると、これまで感じれなかったことが

感じられるようになります。

 

 

わたしたちは、五感を働かせながら生きています。

 

つまり、様々な刺激を感覚器官を通じて感じ取り、

いま、を感じているし、生きている。

 

しかしながら、不感症になってしまっていて、

五感のセンサーが反応していない、

または感度が低過ぎて感知していなかったら、どうでしょうか?

 

 

それは、”いま”、何が起こっていて

何を、自分自身が感じているのかが分からない、ということになります。

 

感じられないから、分からない。

 

 

それは、”いま”を生きていることにリアリティを

もつことができないことになるわけです。

 

幸いなことにカラダのセンサーは、いつからでも

目覚めさせることができます。

 

つまり、カラダには希望があり、カラダから、

また始めることができる、ということでもあるのです。

 

 

生きている実感が得られない。

地に足を着いて生きることができない。

 

 

そういったひとは、常に不安や怖れの感情を抱いてしまっています。

地に足を着いて、生きることができないのだから

フワフワとした状態で生きているのです。

 

 

フワフワとした感覚は、ある意味、心地良いものです。

 

だから、そういったフワフワした世界に

つい、足を深く突っ込んでしまいがちですね。

それは、スピリチュアルにどっぷりと浸かっているひとに多い傾向ですよね。

 

決して、スピリチュアルが悪いということではありません。

偏り過ぎている、というだけです。

 

 

フワフワしているひとは

ふと、現実世界に直面させられたときに、

急にパニックに陥ってしまいます。

 

地に足を着いていないから、自分がどこに立っているのか、

自分の位置を把握できないからです。

把握できないから、不安や怖れの感情が湧き上がり、

その感情に支配されるのです。

 

 

そして、不安や怖れの感情から逃れるために

また、フワフワした世界に自分の居場所を求めて、依存してしまう、

というサイクルに陥ってしまっています。

 

 

それは、何の解決にもなりません。

 

カラダの意識を高めること。

そこから、自分の立ち位置を把握し、自分の足で、

自分の人生を歩み始めることができるのです。

 

 

これまでは感じられなかった感覚を感じられるようになり

いま、を生きている実感をともなってくる。

 

いま、を生きられないと

過去や、未来に生きることになります。

 

 

それは、現実離れした生き方にしかならず

どんどん周りから浮いていってしまうし

自ら、疎外感や不安、怖れの感情を強めていくことになります。

 

 

地に足を着いて、”いま”を生きること。

それが、大事になってくるのです。

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