未来を信じる力を持とう!

      2017/01/04

こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

 

あなたが、目に前のある”何か”に取り組もうとします。

多くの場合、目の前のことを、

早く、正しく問題解決することが、

多くのひとがやろうとすることではないでしょうか?

 

そして、それを解決できなかったり、時間がかかったりすると、

自分自身に対して”負”の烙印を押してしまう。

そのようなひとは多いのではないでしょうか?

 

自分自身で、烙印を押してしまうひともいれば、

周りのひとから烙印を押されてしまうひともいる。

多くの場合、成果主義、結果主義の世界で生きてきた

ということもあり、何よりも結果や成果というものを求められる傾向にあります。

 

そういう世界で生きていることにより、

悩みや苦しみを生み出している、という側面は大きいでしょう。

 

 

成果や結果が”すべて”である。

そのような刷り込みの中で生きていく、というのは、

ストレスやプレッシャーになってしまうからです。

 

 

そのような世界を抜け出して生きていくことは可能なのでしょうか?

今日は、そのことについてブログを書き進めていきたいと思います。

 

 

 

成果や結果ばかりが求められる世の中

 

pieces-of-the-puzzle-592798_1280

 

成果や結果というものは、確かに大事な要素ではあるでしょう。

学業や、仕事をしていると、成果や結果が問われる、

ということが日常茶飯事であり、そういったものが全てである、

というような雰囲気もあるからです。

 

周りと比較され、自分の立ち位置が決まっていく。

その評価尺度が、何らかの成果や結果なのですから。

 

そういった世界で生きていくことが難しいひとには、

大変生きづらい社会になっていることは間違いないでしょう。

資本主義という、競走化社会についていけないひとは

そういった世界の一線で生きているひとから、低い評価を受けてしまうのです。

 

 

成果や結果を求める。

そういう風潮があると思います。

そういった教育環境の中で、ずっと育ってきたから、

ということも言えるのではないかと思います。

 

 

教育で言えば、『答え探し』でしょう。

答えを求める、答えを与える、という教育を受けてきたからこそ、

わたしたちの多くは、何かあるとすぐに”答え”を求めます。

 

自分自身で思考することよりも、誰かに聞いたり、調べたりする。

そのように、時間というコストをかけることなく、

すぐに答えを求めようとする。

そんなイメージがあります。

 

答え探しの教育で育ってきたからこそ、

何か分からないことがあったら、その答えを求めようとする。

それは、間違いではないと思いますが、

問題は、答えを知った後のことでしょう。

 

知りたかった答えを知ることで、安心感を得ます。

安心感を得られたら、そこで終わり。

そこから世界が広がることはなく、

知ることで満足してしまう、というような状態です。

 

 

答え探しの教育というのは、答えを引き出すためのプロセスとか、

そういったものを軽視しているような感覚があります。

答えを、いかに速く導き出すのか?

どれだけ知識や情報を知っているのか?記憶できているのか?

そういったことに価値を置かれているようにしか思えません。

 

速く答えを導き出すことができる。

多くの知識や情報を記憶できる。

そういったことは、確かに価値あることでしょう。

ある側面において、は。

 

でも、それが全てではない。

 

それこそが全てだと刷り込まれているから、

自分自身に価値を感じられず、

自己卑下に陥ってしまうことになるのです。

 

 

もっとプロセスであったり、取り組み方など

評価される部分が変わっても良いのではないかと思うのです。

 

 

 

自由なプロセスを楽しめること

 

sunset-731311_1280

 

人それぞれに、得意不得意があり、

考えるプロセスも、かかる時間も、違いがあるでしょう。

それを『速い、遅い』という評価尺度だけで、

ひとの能力を評価される、というのは、

どうかと思うのです。

 

特に思考する、ということにおいては

もっと自由なプロセスを楽しむ、

ということが大事なんじゃないかと、わたし自身は考えています。

 

個々で、生きてきた背景情報というものが違っている。

そういうことがあるわけです。

 

だから、それぞれの過去の経験を活かして、

自由にモノゴトをつなげて、様々なことを

思考・発想したら良いと思うのです。

 

こういう”問い”や”課題”があって、

それに対する”答え”は、これで、

その答えの導き出し方は、こうである、

といったような型にはまったようなプロセスって、

どんな世界でもたくさんあると思うのです。

 

 

確かに、”型”というものは大事です。

でも、それに”はめ込みすぎる”、

というのも、どうかと思うのです。

 

自由な発想が生まれない。

世界が広がらない。

価値観が広がらない。

など・・・

 

 

そういったデメリットが生まれてしまうからです。

 

 

学校のテストや、仕事の成果、結果というものを考えたとき、

確かに、こうでなきゃいけないという

”型”みたいなものはあるでしょう。

 

でも、世の中の多くの”ものごと”って、

もっと自由に発想し、創造できるものだと思うのです。

いまの世の中が行き詰まっているのも、

自由な発想、創造性ができない構造があるからこそ、

そういった世の中になっていると思いますし。

 

 

モノやサービスについても、あらゆるものが出尽くした感があって、

たとえ新たなものが世の中に現れても、

一時は流行っても、簡単に消え去って行きます。

 

 

わたしたちの人生というのは、経験というものを見たときに、

誰一人として同じような経験をしてきているひとはいません。

100人いれば、100通りの人生がある。

 

ということは、100人の人生で体験してきたことをベースに、

もっと自由に発想や創造性を発揮できたならば、

もっと新たなモノゴトを生み出せるのではないかと思うのです。

組み合わせは無限大です。

 

これまでの人生の経験を、新たな異世界と交わらせる。

そのことで、新たな”何か”を生み出すことができる。

創造することができる。

 

そうやって、その生み出されてものが、

世の中に価値のあるものかどうかは別として、

どんどん新たなものを生み出せる環境、土壌づくり、

というものを推し進めていくことが大事なんじゃないかと思うのです。

 

 

わたし自身が、これまでの人生を生きてきて、

これまでも、”いま”も、感じていることとしては、

あまりにも制限というか、制約というものが

多いのではないかということです。

 

型にはめられている。

そのように感じるのです。

 

だからこそ、閉塞感を感じますし、

行き詰まり感、便秘感を感じるのです。

新たな”何か”を生み出す社会の構造は、そこにはなく、

行き詰まった中で、同じところをグルグルと

循環しているかのように見えている、感じている、ということです。

 

これって、モノ作りも、アイデアも同じじゃないかとも思うのです。

新たな、革新的なもの、斬新的なものが生み出される

ということがなくなり、すでにあるものに、

新たな色付けをしたものが、新たなものとして出てきている。

そのようにしか感じられません。

 

そのためには、教育のあり方から、

大きく変えていかないといけないと思うのです。

もっと、自由に発想させる、創造させる。

 

 

成果や結果も大事ではあるけど、プロセスというものを、

もっと大事に扱って、育てていく。

そういうことが重要だと思うのです。

 

 

ひとと違うことをやると、

はみ出し者扱いを受けたり、叱られる傾向にありますが

ひとと違うことができるからこそ、素晴らしいということもあるのです。

ひとと違う発想を持っている、考え方ができる、などですよね。

 

ひとと違っていいじゃない、という開かれた環境があれば、

もっと多くのひとの個性が発揮されるかもしれません。

そして、多くのひとが、自分とは違う個性があることを、

もっと寛容に受け入れることができるようになると面白いと思うのです。

 

 

個性というものが、排除される傾向にあります。

こうでなければいけない。

こうしなくてはいけない。

 

それは、自分自身が所属している組織やコミュニティの

”和”を乱さない、という意味においては必要なことかもしれませんが、

制約や制限の多い、閉鎖的な組織やコミュニティからは、

何も良い者は生まれないのではないでしょうか?

 

そこに所属しているだけで、息苦しさを感じますし、

多くのストレスを感じることになると思います。

 

 

ある程度の、ルールのようなものを守るということは大事ですが、

個性を殺してしまうような方向に向かってしまっては、

支配者と奴隷という関係性の組織やコミュニティになってしまいます。

 

大事なのは、支配者というものが存在せずに、

皆が、それぞれが自立しながらも、

お互いの存在を尊重している組織やコミュニティだと思います。

 

 

まとめ

 

大事なことは、いますぐに解決できる能力ではありません。

もちろん、そういった問題解決能力を持ち合わせていると、

色んなところで大いにプラスになるでしょう。

 

でも、それが全てではない。

すぐに問題解決できなくても、粘り強く集中しながら

問題解決に導くことができるひともいるわけです。

適材適所で、得意なひとが、得意な部分で働きを活かせばいいと思うのです。

 

”いま”はできなくても、これからできればいいのですから。

 

”いま”ができなければ、それで終わりということなら、

それは、そのひとの能力というものが

発揮できていない状態を評価されている、

ということになります。

それだともったいない。

 

”いま”はできなくても、これからできる可能性は大きいのです。

その可能性を一切排除するっていうのは、

そのひと自身の可能性を排除するとともに、

そのひとの自信をも奪っていることになると思うのです。

 

時間はかかるかもしれないけど、問題解決をすることができる。

そうやって、経験を積み重ねていけば、

どんどん時間が短縮して、素晴らしい問題解決能力を

手に入れているかもしれません。

 

”いま”すぐには問題解決することはできない。

それは、これまでの教育環境や、

所属していた環境が良くなかったからかもしれないのです。

そのひと自身に、能力を開花させる時間と機会を与え続ける、

ということは、とても大事なことだと思います。

 

これまでは、ある”枠”によって縛られてきたがために、

自らの能力を開花させることができなかった。

でも、その”枠”を超えたところで、

能力が開花できるように動いてみること、

チャンスを与えてみることは、大事なことだと思っています。

 

 

 

 

※ココロとカラダを解放し、

本来の自分自身に目覚めるヒントをお届けしているメルマガ

『 KOKORO’S VOICE 』に登録しませんか?

 icon-envelope-o メルマガ『 KOKORO’S VOICE 』へのご登録はこちらからどうぞ!

 

 

 icon-hand-o-up 無料の通信講座に参加しませんか!

『脱依存』自立して生きることができる”わたし”を手に入れよう!

通信講座の詳細と、参加の申し込みはこちらからどうぞ!

 

 

 icon-hand-o-up あなた自身のエネルギーを高めるためには、

あなた自身との一体感を取り戻すことが欠かせません。

そのための方法を無料レポートにまとめました。

こちらからダウンロードしてみて下さい!

無料E-book『あなた自身との一体感を持って生きるための方法』のダウンロードは、こちら!   

 

 

 - ブログ , , , , , , , , , , , ,