いくら新たな学びや情報を取り入れても、あなた自身が変われない理由

      2017/09/22


こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

 

あなた自身が、『”いま”の自分から変わりたい』と思って、

新たな学びや情報をインプットしても、

なかなか『変われない”わたし”』のままなのは、

一体なぜなのでしょうか?

 

新たな情報を、いくらインプットしても、

それは使えていないことが、ほとんどでしょう。

 

それは記憶が時間の経過とともに、忘れ去られていく、

という側面があるから、ということを言いたいのではないのです。

そういった側面もありますが、情報を活かせるようになるには、

インプットした情報をつなげていく作業というものが欠かせないのです。

 

情報をつなげてこそ、新たな『知のネットワーク』が形成され、

あらゆる世界に置き換えて、思考できるようになるのです。

 

今日のブログは、『情報のインプット』と

『知のネットワーク』について話を展開していきたいと思います。

 

 

表面的、一時的な問題解決方法では、根本治療はできない

 

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世の中の流れを見てると、まだまだ部分的に捉えられているな、

ということを感じます。

 

それっていうのは、医学的に言うところの”西洋医学的”なもので溢れている、

ということです。

色んなモノゴトが、対症療法的に捉えられている、

ということでもあるのです。

 

書店に行けば、色んな本が並んでいますが、

本だけではなく、インターネット上に流れている情報も、

対症療法的な観点から見たものが、多いのです。

 

 

『対症療法的』というのは、わかりやすく言うと

こういう症状が出たら、この薬を飲んだら大丈夫、

といったように、『これには、これ』といった、

部分的な、表面的な対処方法であるということなんです。

 

それっていうのは、表面的な部分にしか焦点が当たっておらず、

本質的、根本的な部分が見えていないということなんです。

 

 

ということは、一時的に、表面的には、問題が

解決したかのように見えますが、実は、本質的な部分は

何も変化が起こっていないから、カタチを変えて、

また別の問題を勃発させる、ということを繰り返してしまうのです。

 

 

あなたは、”いま”、色んな問題を抱えながら生きていると思います。

そういった問題を解決しようと思ったら、

対症療法的なアプローチでは、本質的な問題は何も解決しないのです。

 

つまり、何が言いたいのかというと

書店で売られているような本や、インターネットで検索できる情報を、

そのまま取り入れても、それは多くの場合、役に立たないということなんです。

 

表面的な現象や、部分的な問題は、一時的に解決することはあり得ます。

しかしながら、本質的な問題は解決することがないから、

結局は何も問題が解決することはない、”イタチごっこ”を

繰り返してしまうことになるのです。

 

大事なことは、部分的な、対症療法的なアプローチではないのです。

そこで、大事になってくるのは、

西洋医学的なアプローチではなく、東洋医学的なアプローチでしょう。

 

 

どういうことでしょうか?

 

東洋医学的なアプローチというものは、

部分的なアプローチではなく、総合的なアプローチを行う、

ということになります。

対症療法ではなく、根本治療と言ったら分かりやすいでしょうか?

 

対症療法的なアプローチと違って、

根本治療というものは、時間がかかります。

対症療法は、即効性があるがために、

多くのひとが求めてしまう傾向にありますが、

その方法だと根本的な問題は解決できないのです。

 

多くのひとが、変われないのは、

こういった側面が大きく影響しているのではないでしょうか?

答え探しの教育の中で、育ってきたがために、

すぐに『答え』を求めてしまう。

 

そして、なるべく時間的にも、エネルギー的にも

コストがかからないように、楽な方向を求めてしまう、

という側面が大きいでしょう。

時間のかかるもの、目に見えてわかり難いものは、

極力避けてしまう傾向にあるのです。

 

効率化を求めた結果、そういう思考パターンに

陥ってしまっていると思うのですが、根本的な部分を変えていこうと思ったら、

時間はかかるし、エネルギーもかかるものなのです。

 

 

そういったことは、頭では分かっていても、

実際問題として長期的に本質的な問題解決に取り組む

ひとっていうのは、ごくわずかでしょう。

結局は、『楽に』、『楽しく』、『痛みを伴なわない』

そういった方法論やアプローチを、大衆は求めるのです。

 

 

 

あなたの、その『違和感』は、あなた自身の『ココロの声』である

 

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そんな中でも、そういった世界に足を踏み入れて、

色んなことを試してみたけど、『何か違う』。

そういった違和感を感じて、その違和感から

本質的な問題解決に取り組むようになった、というひともいるでしょう。

その『違和感』というものは、正しいのです。

 

 

何が正しいのか?

 

それは、本当は自分自身で分かっているのです。

自分自身が、本当は何をしなければいけないのか?

進むべき方向性が間違っている、ということを。

 

そういった、あなた自身の『ココロの声』というものは、

いくら隠そうと思っても、封じ込めようと思っても、

隠せないし、閉じ込めることはできません。

 

『違和感』というものは、つまり、あなた自身の『ココロの声』なのです。

その声に、あなた自身が従うのか、従わないのか、ただそれだけなんです。

”いま”抱えている問題を、一刻も早く解決したいし、

なくしたいからといって、対症療法的な解決方法で取り除いたとしても、

それは表面的な現象を取り除いただけにすぎないのです。

 

一時しのぎ、その場しのぎ、をしたい気持ちは、良く理解できます。

問題を抱えている渦中にあるときは、その問題がある限り、

そのことに意識が奪われて、何もかもが”おかしく”なっていく。

そのようにココロとカラダのバランスが大きく崩れてしまい、

自分のペースが崩壊してしまいます。

 

自分にペースが崩れると、精神不安に陥って、

それがココロだけじゃなく、カラダにも大きな影響を及ぼしてしまうのです。

 

このように、あなたの『ココロの声』を無視し続けていると、

それは問題解決を、ただ先延ばしにしてしまっていることになるのです。

先延ばしにしてしまう、ということは、

いつかは、何らかの”ツケ”がまわってくるということです。

 

その”ツケ”がまわってきたときには、それはもう

大変なことになっていて、それこそ、手遅れ状態、

手がつけられない状態になってしまっているわけです。

 

そのことは、世の中の歴史を見れば理解できることでしょう。

”いま”解決すべき問題、”いま”向き合うべき事象に対して、

それを先延ばしにすれば、するほど、

その代償は大きく、高くなるのです。

 

 

あなた自身が問題だと思っている、あらゆる事象は、何なんでしょうか?

あなた自身と苦しめるためですか?

あなた自身を陥れるためのものですか?

 

違いますよね?

もちろん、そのように受け止めてしまっている、

捉えてしまっているひとも少なくないはずです。

なぜなら、そう思っているから、

生きることに悩み、苦しんでしまっているのですから。

 

 

あらゆるモノゴトにおいて、個々で捉え方が違うのはなぜでしょう?

 

それは、どのように意味づけするのか、という側面において、

プラスに捉えるのか、マイナスに捉えるのか、どちらに捉えるのか、

そのひと自身の持っているプログラムによって決まってしまうからです。

 

プラスに捉えるひとは、何でもプラスに捉えられるけど

マイナスに捉えることしかできないひとは、

何でもマイナスに捉えてしまうわけです。

モノゴトの捉え方、意味づけの仕方というものは、

本来、あなた自身で自由に選択することができるものです。

 

しかしながら、エネルギー切れを起こしてしまっている現代人は、

思考の抽象度が低いままなので、どうしてもマイナスな方向、

ネガティブな方向に捉えてしまうのです。

 

モノゴトに対して、距離感が近ければ、近いほど、

現象面に巻き込まれてしまいます。

 

つまり、感情に支配されてしまい、思考力が働かなくなるのです。

結局、このように視点を高くしてモノゴトを見ることができない、

距離感を保ってモノゴトと関係することができない、

ことが問題になってくるのです。

 

 

あなた自身の”ココロの声”は、あなたの人生の方向性を示してくれるコンパスである

 

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話を戻して、先延ばしにすると、後から”ツケ”がまわってくる、

ということを書きました。

 

それっていうのは、対症療法というものは、副作用を伴うのです。

その一方で、東洋医学的なアプローチである根本治療は、

副作用がない。

 

しかしながら、即時性がなく、時間がかかってしまう。

どちらも、メリットもあれば、デメリットもある。

あなた自身が、どちらを選択するか、なんですね。

 

 

一時的な問題解決、表面的な問題解決を繰り返しては、

別の問題を生み出し、苦しんでしまう。

そういったことを繰り返してしまうと、

ココロもカラダに深い傷を負ってしまうと思いませんか?

 

あなたの『ココロの声』というものを、無視し続けた結果は、

自己崩壊です。

崩壊してしまったら、元も子もないでしょう。

それほど、代償は大きいのです。

 

 

そもそも、あなた自身の『ココロの声』というもので、

あなた自身に方向性をきちんと示してくれているのに、

それを見ないように、感じないようにしている、というのは、

あなた自身で、”わたし”を殺してしまっている状態と同じことでしょう。

 

 

確かに、あまりにも自分自身を見ないように、

感じないように、してしまったがために、

『不感症』に陥っているというひともいるでしょう。

だから、そういった『不感症』のひとには、

はっきりと『ココロの声』というものは分からないと思います。

 

しかしながら、何かしらの『違和感』。

そういったものは、あると思うのです。

 

エネルギー切れを起こしてしまっているから、

「これは嫌」、「あれは嫌」とか、そういったことではなく、

”いま”の自分としてあり続けることに対しての『違和感』。

そういったものです。

自分の在り方の問題について言っているのです。

 

 

あなた自身の在り方です。

その”行い”、その”言動”、そういったあなた自身のこと。

 

それに対して、どう感じるのか?

そういったことを真剣に向き合ってみると、

『ココロの声』というものを感じ取れるはずです。

 

『ココロの声』というものは、あなたのナビゲーターです。

その声を無視していると、どんどん進むべき方向性から

ズレていってしまい、より生き苦しい状態に陥ってしまうのです。

あなたが、”わたし”という存在として生きていくために、

あなた自身の『ココロの声』というものは、とても大事なものなのです。

 

 

あなたに必要なものは、あなたの外側にはありません。

あなたの内側に、すでに備わっている。

その備わっているものを、きちんと目覚めさせ、

活用していくことが大事なのではないでしょうか?

 

そろそろ、あなたの外側に溢れている情報に依存して、

あなたの”いま”抱えている問題解決を図ろうとすることをやめにしませんか?

確かに、即効性があって、一時的には問題解決したかのように

感じるかもしれませんが、あくまで表面的な現象がなくなっただけなのです。

本質的な部分、根本的な部分は、何も変化していないのです。

 

 

新たなものを学ぶことは、何も悪くない。

しかしながら、新たな知識や情報を、いくらインプットしても、

それは限られた狭い世界の中だけでしか、使えないものなのです。

それを世界を広げて、高い視点で活かせるようになることが大事なのです。

そういったことができるようになると、

新たに学んだ知識や情報というものを、活かせることになるのです。

 

 

 

情報は、ただインプットするだけでは使えない!ネットワーク化してこそ使えるものである

 

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新たな知識や情報をインプットする、

とは一体どういうことでしょうか?

 

それは、言葉を知るということですね。

もともと、言葉自体は知っていたとしても、その言葉の

意味するところや概念を知らなかったものを理解する、

ということでしょう。

 

それは、大事なことなのですが、その一方で

陥りやすい”ワナ”も潜んでいるのです。

それが何かというと、言葉に縛られてしまう

ということです。

 

わたしたちは、言葉をもって、この世界を認識しています。

それは、物理的世界だけではなく、抽象的世界も、そうです。

 

つまり、あなたの言葉の概念、価値観によって、

世界を認識し、描かれているわけです。

だから、言葉にとらわれると、その言葉の『枠』から

抜け出せなくなってしまうことになり、世界が広がらない、

ということになるわけです。

 

 

より、抽象度を落として説明すると

ある、新たな学びをしたとします。

 

それによって、あなたは新たな知識や情報を手に入れることができました。

しかしながら、そうやって手に入れたものは、

『ある特定の、限られた世界だけにしか、当てはめることができない』、

いわゆる限定的なものなのです。

 

 

料理でいうと、ある特定の料理を作るためだけにしか、適応できない方法

スポーツでいうと、ある特定の競技の、ある動きの部分にしか使えない方法

電化製品でいうと、その製品の使い方しか、適応されない方法

 

このように、いくら

『ある特定の、限られた世界だけにしか、当てはめることができないもの』

を学んでも、手に入れても少し、『枠』から外れてしまうと、

全く役に立たなくなる、ということなんです。

 

 

 

そうならないために、大事なことは何でしょう?

 

それは、インプットしたものを、様々な情報をつなげていくことで、

『知のネットワーク』を形成することです。

 

そうすることによって、これまでは

『ある特定の、限られた狭い世界』だけにしか使えなかったのものが、

”つながり”が広がることで、より広範囲にカバーできるものになっていくのです。

 

つまり、生きていると色んな情報や刺激がありますが、

そういったものを、バラバラにしておくのではなく、

どんどんつなげて展開していくことができる、ということです。

 

それによって、あらゆる世界の概念を取り込むことができて、

生きているだけで、どんどん学び、成長していくことができるようになるのです。

そうなってくると、特別な学びは必要ではなくなってきます。

なぜなら、日常生活全てに、目の前に、

あなた自身の成長や進化のための機会で溢れていることに気づけるからです。

そういった状態になれるのです。

 

それは、自分自身への信頼が生まれることになります。

自分自身への信頼が生まれるから、他者への信頼が持てるようになります。

他者への信頼だけではなく、空間への信頼にもつながります。

そして、あなた自身の人生ですね、過去・現在・未来への信頼につながるのです。

 

 

このように、いくら学んでも、それが偏った世界のままでは、

ごく限られた狭い世界でしか活かせないから、現実背世界は変化しません。

だから、大事なことは、抽象度を上げて、あらゆる世界を

つなげていくことができる『知のネットワーク』を手に入れることなんです。

それが、あなただけの『価値』となり、『財産』となるのです。

 

この情報化社会に生きるわたしたちにとっての価値とは、『情報』ではないのです。

インプットした情報を、どんどんつなげて、新たなネットワークを創造していくこと。

そうやってできた『知のネットワーク』が価値となり、財産となるのです。

それを手に入れたいと思いませんか?

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