スピリチュアルな世界に依存しながら生きるあなたに伝えたいこと

      2017/09/22

こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

 

いまの世の中は、ある意味

スピリチュアルなものが流行っている傾向にあります。

 

それは、スピリチュアルなものが受け入れらるようになった、

という背景があるということでもありますが

生きることに悩み、苦しんでいるひとが、

スピリチュアルな世界に救いを求めているとも言えるでしょう。

 

 

なぜ、スピリチュアルな世界に救いを求めるのか?

 

それは、ある側面からいうと、

現実世界を生きることができないからです。

 

 

現実世界に生きていると、目の前のあらゆる出来事と

向き合わなければいけません。

そこに向き合うエネルギーというものがないのです。

 

だから、ある意味フワフワした世界に依存してしまう。

そういった側面が大きいと思います。

 

決して、スピリチュアルなものを否定しているわけではないのです。

 

スピリチュアルな世界にはまりこんでいるひとを見ていると、

地に足を着いて生きていない、ということを感じます。

 

 

確かに一時的には、解放されるし、

とても魅力的な世界であることには間違いないでしょう。

 

 

しかしながら、実際問題として、あなたの現実世界はどうなっているのか?

そこが大事なことだと思います。

 

 

抽象世界で色んなことを創造したり、改善できても、

それが現実世界で反映されていなければ何にもならないからです。

 

 

わたしたちは、現実世界に活きています。

だからこそ、地に足を着いて生きていくこと。

 

それが大事なのです。

 

 

スピリチュアルな世界に”はまる”ひと

 

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現実的な生き方をしているひとからすると、

スピリチュアルな世界にはまりこんでしまっているひとを見て、

「あのひと痛いなぁ」って思われているでしょう。

それは、言っていることや、行動が”現実離れ”をしているから、

そのように感じるのだと思います。

 

冒頭にも書きましたが、

わたしたちは、抽象世界に生きているわけではありません。

 

そこをハッキリと認識することが重要です。

 

現実世界の延長線上に、抽象世界がある。

そのように認識しながら、スピリチュアルな世界に足を踏み入れる、

というのは良いでしょう。

 

でも、そういう捉え方ができているひとって、

少ないのではないでしょうか?

 

 

それって、なかなかできないことなんですよね。

 

というのも、抽象世界と現実世界を自由に行き来することが

できるというのは、そのひと自身が、エネルギーが高くないとできません。

 

何かしら生きることに悩み、苦しんでしまっているひとは、

エネルギー切れを起こしてしまっているので、偏ってしまうわけです。

で、どっちに偏るのかというと、

現実世界ではなく、抽象世界に偏ってしまう、ということですよね。

 

 

現実世界で生きることが辛すぎるから、そこから逃避している。

その結果、抽象世界に自分の居場所を求めているのです。

 

 

スピリチュアルで変われるひと、変われないひと

 

スピリチュアルな世界に足を踏み入れて、

人生を変えることができるひともいれば、

変われずに、どんどん依存してしまっているひともいる。

 

その違いは、何なんでしょうか?

 

それは、抽象世界の出来事を、

現実世界に降ろして来れるかどうか、だと思います。

 

抽象世界で色んなことが、解放されたり、心地良くなっても、

現実世界に戻ってきたときに、それが反映されていない。

そういったことで、悩み、苦しんでいるひとは少なくないでしょう。

 

一時的には、現実世界が変わったかのように感じていても、

それは完全に変わったのかというと、それはないでしょう。

あくまで、一時的にしか変わっていない、

ということの方が、圧倒的に多いのではないでしょうか。

 

 

抽象世界の出来事を、現実世界に降ろして来れる。

これができると、どんどん人生は展開していきます。

 

引き寄せの法則も、言ってみれば、こういったことをやっているわけです。

潜在意識の情報を、いかに顕在化できるのか。

そのために、顕在化するまで、”念ずる”わけです。

 

でも、それをやるには、エネルギーが必要になるのです。

しかしながら、そのエネルギーがない。

 

エネルギーが枯渇しているから、降ろして来れないのです。

だから、現実世界が変わらないのです。

 

 

変われないひとは、スピリチュアルな世界に浸ることで、

一時的にフワフワした状態でいることができます。

フワフワした状態は、多くのひとを魅了する「快」の感覚ですね。

そこに自分の居場所を感じて、現実世界からの逃避をしているのです。

 

 

地に足を着いて生きていないから、現実世界に直面したときに、

自分の立ち位置が分からなくなるのです。

自分の立ち位置が分からない、

それは色んな刺激を受けながら生きていく現実世界の中で、

どんどん自分自身が流されてしまうことを意味します。

 

だから、簡単に”わたし”を見失ってしまうのです。

 

 

自分自身を見失いながら生きているから、不安になり、怖れを感じます。

そして、そういった感情に支配されてしまうわけです。

 

 

そういった苦しみから逃れたい、どうにかしたい、と思ったとき

スピリチュアルな世界に踏み入れることが、ある意味手っ取り早いわけです。

 

 

でも、それはただの依存に過ぎません。

 

自分自身を無くしたまま、意識だけが抽象世界に飛んでしまっている。

それは、果たして自分の人生を生きている、と言えるのでしょうか?

 

 

そういった生き方を否定しているのではありません。

 

現実世界があまりにも、閉塞感で満たされていて、

生きることに不安や怖れを感じてしまう世の中だから、

現実逃避したくなるのも大いに共感できます。

 

どこかで、息抜きできる場所がないし、時間もない。

多くのひとが、”あっぷあっぷ”しながら生きているのですから。

 

 

でも、その選択が建設的なのか、という視点を持ったとき、どうなんでしょうか?

 

 

現実世界に生きているのですから、現実世界が変わらなければ

意味がないと思うのです。

いくらスピリチュアルな世界で色んなことを学んだり、気づいたとしても、

現実世界が変わらなければ勿体ない、なと思うわけです。

 

 

日常生活に落とし込めない、ということが大きな問題なのです。

 

 

問いを立てよう

 

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スピリチュアルに、どっぷりはまっていると、

あなた自身がはまっているものに対して、神格化してしまいます。

神格化するということは、依存するということを意味します。

 

そして、そこに決して安くはない金額を投資していることでしょう。

 

スピリチュアルな世界にも色んなものがあります。

それこそ、ネットで検索すれば、どれを選択したら良いのか

分からないくらいに、様々なものを見つけることができるはずです。

そして、そういったものを詳細に見ていくと、

結構な金額が書かれているでしょう。

 

 

色んな世界がある中、それが本物なのか、インチキなのか、

という議論は置いておいて、甘い言葉が書き綴られているわけです。

 

まずは、そこに疑問を感じると良いのですが、

残念ながらエネルギー切れを起こしてしまっているひとには、

疑問や違和感というものを感じることができません。

 

いわゆる「思考停止」状態に陥っているわけです。

 

 

思考停止状態に陥っているから、冷静な判断ができません。

 

そんな状態のひとに、うまい言葉で、甘い言葉で、

感情を刺激し、お金を払わせる。

そういった側面があります。(もちろん全てではありません)

 

ほとんどがビジネスなんです。

そこを忘れてはいけないのです。

 

一度はまりこんだら、なかなか抜け出すことができません。

 

ビジネス、という言葉を使いましたが、

そういったもの参加してしまうと、依存させるような仕組みが必ずあるのですから。

何かしらの違和感や疑問があれば、はまり込むことはないでしょう。

 

しかしながら、思考停止状態に陥っているひとは、

ビジネス的に良いカモにされていると言っても過言ではないでしょう。

 

 

これは、スピリチュアルな世界だけじゃないですが、

セラピーや施術といったものにも当てはまることです。

 

何かしらのもので、1発で即解決するというものなんてありません。

じゃあ、何度も通い続けることが良いのか?

というと、それも違うでしょう。

 

ある一定期間続けていても、何も変わっていないのであれば、

あなた自身で一度疑問を持ってみるべきです。

 

現実世界は、果たして何が変わったのだろうか?

一時的にではなく、

これまでに抱えていたもので、何が変わったのだろうか?

それによって、他のモノゴトにどういった影響を与えたのか?

そういう視点が大事だと思うのです。

 

 

ある問題を抱えていて、それが一つ解決したら、

他のモノゴトにも、影響を与えます。

その結果、問題であった、ある一つのこと以外にも、

あらゆるモノゴトも変化が起こるのです。

 

なぜなら、全ては繋がっていて、お互いに関連しているからです。

 

だから、もし、ある一つの問題だけが解決したかのように感じていても

それ以外ことが、何も変わっていないのであれば、

そこに疑問を持ってみることが重要ですよね。

 

 

依存状態から、自立しよう!

 

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これまで書いてきた文章を読んでくると、

スピリチュアルな世界や業界を批判しているかのように

感じるひともいるかもしれません。

 

でもね、そういったことを書きたくて、

この記事を書いているのではありません。

 

 

もっと、自分というものを持とうということが言いたいのです。

つまり「自立」です。

 

 

世の中は、言ってみれば

「支配」と「依存」の二極化した世界になっています。

 

あなたは、そのどっちにいますか?ということなんです。

 

 

「依存」に偏ってしまっていると、永遠に「依存体質」が抜けずに、

誰かに、何かに依存したまま生きていくことになるのです。

 

 

それで良いのですか?

 

 

もちろん、そんなことは望んではいないけど

エネルギー切れを起こしてしまっているから、

そうせざるを得ない、というひとも多いでしょう。

 

 

でもね、誰かに依存しても、何かに依存しても、

”いま”あなたが抱えている問題からは解放されることはないのです。

誰かが、何かが、あなた自身を何とかしてくれるということはないのです。

 

そういった幻想は捨てましょう。

 

あなたは、あなた自身でしか解放できないし、どうすることもできないのです。

まずは、そこに気づいて欲しいのです。

 

 

そのために必要なこと

それは、あなたが、あなた自身と向き合うことなんです。

 

それでしか、何も解放できないし、解決することはできません。

 

 

あなた自身が地に足を着けて生きること。

それができないことには、「自立」することはできないのです。

 

 

「自立」という言葉を構成している漢字のように、自ら立つ。

立つには、地に足を着けないことには、立てないでしょう。

 

地に足を着けていないと、簡単にひっくり返るのです。

 

地に足を着けて生きれないと

いつまで経っても、ココロとカラダは緊張したままでしょう。

 

なぜなら、いつ何らかの刺激が来るかもしれないから、

そのための準備をしておかないといけないから常に緊張状態にあるわけです。

常に、スタンバイしておかなきゃいけない。

 

そんな状態で生きている限り、ココロとカラダはリラックスできない、

ということはイメージできますよね?

 

 

そんなことは、頭では分かっている。

そういうひともいるでしょう。

 

別に、肯定も否定もしません。

そのひと自身の人生なのですから、全ての責任は、そのひと自身にあります。

 

 

大事なことは、わたしたちは現実世界に生きているのです。

だから、地に足を着けないといけません。

 

そこからスタートできるのです。

地に足を着ける、という前提があってこそ、

自らの人生を生きることができるのです。

 

その上で、様々なスピリチュアルな世界やセラピー、施術といったものを

受けるというのは、大いに歓迎されるものだと思います。

地に足を着けることによって、抽象世界と現実世界を

つなぐことができるのですから。

 

 

そうやって、日常生活の中に学んだことや、気づいたことを落とし込んでいく。

それができるようになると、一気には変われませんが、

少しづつ確実に人生は変わっていくし、良い方向に展開していくのです。

 

 

 

受け手の意識が大事

 

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わたし自身もセッションなどで、色んな方をみてきました。

その中で感じることは、受け手の意識がめちゃくちゃ大事である、

ということなんです。

 

受ける側が、どのような意識で受けるのか

それ次第で、全く違ってくるのです。

 

 

それは、受ける側が、受動的なのか、能動的なのか。

どちらの立ち位置なのかで、効果や変化が、大きく変わってくるのです。

 

良くないものとしては、受ける側が何かしらの期待をしてくること。

過度な期待を抱いてセッションや施術、セミナーなど

といったものを受けに来るひとは少なくありません。

 

 

それってどういうことかというと

そのひと自身の価値観で、何らかの期待を抱きながら受けに来ている、

ということです。

 

 

つまり、色んなものをいくら学ぼうが、受けようが、

価値基準の判断が、そのひと自身の価値観で判断されてしまうので、

その狭い価値観から世界は広がらないのです。

 

だから、あるセッションを受けようと思って、そのセッションに

期待する効果や変化というものを少なからず抱いてしまうのは仕方ないでしょう。

そして、そういった期待っていうものは、ほとんどが裏切られるわけです。

 

 

これを受けたら、一気に何かが解放される、とか

自分が期待していたものが、叶えられる、といった感じですね。

 

 

でも、実際は多くの場合が裏切られる結果になる。

または、期待外れに成ってしまう。

 

 

自分の価値観という狭い世界だけでの判断なので、

自分が想像していたものとのズレが生じると、期待外れだと感じてしまうのです。

そもそも、そんな想定内のことばかりが起こるのでしょうか?

 

何が起こるのか?

どういった反応が起こるのか?

どういった変化が起こるのか?

 

そんなことは、受けてみないことには分からないですよね。

なのに、これを受けたら、こういう結果や変化が得られる、

という思い込み、決め付けをしているわけです。

 

 

でもね、それって本当は、自分が期待している以上のものを

受け取っているかもしれないですよね?

受ける側が、そのひと自身の価値観でしか、

モノゴトを捉えることができない、ということであれば、

自分の価値観を超えたものを受け取ることはできないのです。

 

 

勝手に枠をつくっているのですから、その枠を壊さない限り、

それ以上の物は受け取れないでしょう。

 

セッションや施術といったものを、どのように捉えるのか?

それがとても大事です。

 

施し手に、何とかしてもらう。

そういうスタンスで受けると、多くの場合、

一時的には何かが変わったとしても、根本的には何も変わらない、

という現実があるのです。

 

 

例えば、「肩こり」というものがあります。

多くのひとが、抱えてしまっている問題ですよね。

 

あなたが「肩こり」という問題に悩んでいるとします。

そしたら、その「肩こり」をどのように解決しますか?

 

「肩こり」をマッサージに行ったり、整体に行ったり、

そういった方法で解決しようというひとは少なくないでしょう。

自分自身で、「肩こり」を解消できるひとは少ないと思うので、

誰かに「肩こり」を何とかしてもらおうという発想になるわけです。

 

でもね、それって肩が「凝る」という症状を

一時的に解消しただけでしかないですよね?

なぜなら、またすぐに「肩こり」が再発するのですから。

 

そうやって、何度も「肩こり」→解消する、を繰り返しているだけなのです。

 

 

「肩こり」っていう症状を通じて、

あなたのココロとカラダは、一体何を伝えたいのでしょうか?

そういう視点が大事なのです。

 

そうやって、自分自身と向き合うことでしか、

「肩こり」の根本的な問題解決にはならないのです。

 

 

だから、色んなセッション、施術といったものを、

自分自身と向き合う機会、時間として捉えてみて欲しいのです。

そういう視点を持ったとき、受ける側としての意識って、

全く別のものになりますよね?

 

 

セッションや施術を受けたときに、

何が起こるのか分からない、何を感じるのかは分からない。

そのように、想定内を期待するのではなく、

想定外を受け入れる、ということが大事だと思うのです。

 

 

受けたときに、あなた自身が、何を感じて、どういった気づきを得たのか?

それが、自分自身との対話を深めるキッカケになるわけです。

 

自分一人では感じ得なかったこと、気付けなかったことを

そういった機会、時間の中で、セッションや施術を介して気づかせてもらう。

 

そういうスタンスで受けれるようになると、良いですよね。

 

 

先ほどにも書きましたが、結局はいかに自分自身との深い対話ができるのか。

それが、大事なのです。

 

自分一人ではできないことも、

誰かを、何かを介して気づけることってめちゃくちゃあります。

そういう機会や時間だと捉えられるようになると、

セッションや施術というものが活きてくると思うのです。

 

これまでのわたし自身の経験からも、これはハッキリと言えますね。

 

 

自分自身と向き合う時間、自分のココロとカラダに還る時間だと捉えているひとは

一回のセッションで、多くの”学び”や”気づき”を得ることができるのです。

 

そのことで、セッション後の変化というものが、

確実に得られるようになるのです。

変われるひと、と変われないひとの違いは、

こういった受け手の意識の違いなんですね。

そこに気づいて欲しいのです。

 

だから、こうして書いているのです。

 

 

 

自分自身と向き合えば変われる

 

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本当に、あなた自身が”いま”抱えている悩みや苦しみは、

あなた自身と対話することでしか変えられないのです。

 

つまり、良く聞く言葉になりますが

あなたが求めている答えは、あなたの内側にある、ということなんです。

 

だからこそ、あなた自身と対話することが大事なのです。

 

 

現実世界で、目の前で起こる出来事をもとに、

自分自身のココロとカラダを知ること。

 

生きていると、色んな刺激を受けますし

その刺激によって、感情が揺れ動くでしょう。

 

 

そういったあなた自身の反応が大事なのです。

その反応を頼りに、自分自身を紐解いていく。

 

そうやって、地道にコツコツとやっていくしかなのです。

一気には変われません。

 

一気に変わろうとすると、その反動が必ずあなた自身に返ってきます。

 

その反動は大きく、ダイエットで例えるなら、強烈なリバウンドがやってくるのです。

そのリバウンドの影響は、とても大きいものです。

 

下手をすると、自分が変わろうと思ったときよりも、

より辛い状況に陥ってしまうことも多々あるわけです。

下手にリバウンドを繰り返していると、

「結局、自分は変われないんだ」「自分は何をしても変われないんだ」

というマインドセットをつくってしまうになるわけです。

 

そうやって、やり方を間違うと、より酷い状況になってしまうのです。

だから、どのようにやるのか、それが大事だと思っているのです。

 

正しい順序というものを、きちんと踏んでいけば、

リバウンドを防ぐことができます。

もちろん完全にゼロにすることはできませんが、

極力抑えることができるようになるのです。

 

そうやって、ココロとカラダに

なるべく負担の少ない方法で、進んでいくことが可能になるのです。

 

わたしが提供しているサービスは、そういったものをベースに考えて構成しています。

なぜなら、わたし自身が、最初の壁を乗り越えるときに、

めちゃくちゃ苦痛を味わったからです。

 

ひとは、ココロもカラダも変わることを嫌います。

現状維持を求める傾向にあるわけです。

それは、ホメオスタシスという働きが備わっているからですね。

 

血圧が上がったら下げる、そうやって許容範囲を超える変動については

元に戻そうという働きが備わっているのです。

それは、カラダだけじゃなく、ココロにも備わっているのものです。

 

だから、”いま”の自分から変わりたいって思って、行動し始めても

潜在意識の強烈な抵抗にあうんですね。

そこを、なかなか乗り越えられないから、多くのひとが変われないのです。

 

 

 

先ほど、わたし自身が、めちゃくちゃ苦痛を味わった、

という話をしました。

 

これまでに味わったことがないほど、乗り越えるまでの道のりは

とても辛いものだったのです。

吐き気を催すほど、苦痛を味わい、

「こんな思いをするなら、もう変わらなくていいや」って思ったほどです。

 

それを誰かに頼ることなく、ひとりで乗り越えてきた経験があるから、

こうしたことが言えるのです。

 

とにかく、めちゃくちゃ現状維持を求めてくるのです。

そこを乗り越えない限り、世界は広がらないし、変われません。

 

逆に言うと、最初の壁を乗り越えると、そこから一気に変わり始めるのです。

 

 

ひとが変化するときって、あるところまではなかなか変化することはありません。

でも、閾値を越えると、どんどん変わっていくのです。

閾値は、潜在意識の壁とも言えるでしょう。

 

その閾値を越えるところまで、継続することができるのか、

ということが大事なのです。

そこは、避けて通ることができません。

 

最初の壁を乗り越えることが、一番大変なのです。

だから、そこを乗り越えるために、

セッションなどを使ってみるということは、オススメだと思っています。

 

 

あくまで、進むのは、あなた自身であり

足りないところは、誰かに、何かに

力を借りる、という発想が大事なってくると思うのです。

 

そういった側面においては、積極的に活用しても良いと思っています。

ただし、そこに依存を求めてはいけません。

 

誰かにやってもらう、ということではなく

あなた自身がやることが大事なのです。

 

 

あなた自身の人生なのですから、あなた自身が動く必要があるし

責任を持つ、ということが重要でしょう。

 

そうじゃないと、いつまで経っても「自立」することができません。

「自立」するということは、自ら責任を持つ、ということでもあります。

 

誰かに、何かに依存し続けてしまうひとは、何らかの行動を起こせたとしても

それが上手くいかなくなったときに、

誰かのせいにしたり、何かのせいにしたりするのです。

 

そんな生き方をしていても、何も成長しないし、進化することもないでしょう。

 

自分自身と向き合う、ということ自体が

自分の人生を生きる、ということでもあるし

何よりもあなた自身を成長させるし、進化させる生き方なのです。

 

 

あなたは、どういう生き方を選択しますか?

 

「自立」しながら生きるのも

「依存」しながら生きるのも

どういう生き方を選択するのかは、あなた自身に委ねられているのです。

 

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