人生を『幸せ』にするには “何が” 必要なのか?

      2017/09/21

こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。 

 

あなたは、幸せな人生を手に入れるには何が必要だと思いますか?

そのことについて考えたことがあるでしょうか?

 

 

わたし自身も『幸せになりたい!』と思うことがありますが、

あなた自身もそのような言葉を言ったことや、思ったことがあるでしょう。

そして、他人の言っている言葉を耳にしたことがあると思います。

 

『幸せ』とは何でしょうか?

 

 

何をもって、『幸せ』であると言えるのか、

『幸せ』だと感じることができるのか。

いま、あなたに向かってこの問いを投げかけたとすると、

その答えとして出てくるのは、

あなた自身の価値観に基づいた“答え”というものが出てくると思います。

 

 

個々の価値観によって表現される『幸せ』とは、

表面的なものであると思うのです。

 

多くのひとは、自分自身の価値観を自分自身のものである

と思い込んでしまっている側面がありますが、

そういった個々の価値観というものは、多くの場合、

親や社会の価値観や観念というものを刷り込まれた結果、

創り出されたものなのです。

 

 

乱暴な言い方をするとしたら、それは『洗脳』です。

 

刷り込まれた結果、創り出された価値観を、

自分自身の価値観として採用している。

自分のものだと思っている。

他者によって創り出されたものを、自分自身のものだと思い込んでいる。

そのように言えるでしょう。

 

今日のブログでは、『幸せ』とは何なのか?

 

『幸せ』に生きるためには何が必要なのか、

ということについて話を展開していきたいと思います。

 

 

 

『人生を幸せにするのは何?最も長期に渡る幸福の研究から』

 

わたしのブログでも、度々登場する『 TED 』の動画から、

このブログを読んでいただいているあなたに、

ぜひ見て欲しい内容のスピーチをシェアしたいと思います。

 

内容の紹介は、以下のように書かれています。

 

一生を通し、私達を幸福で健康にするものは何でしょう?名声や富 ― そう考える人はたくさんいます。しかし、心理学者ロバート・ウォールディンガーに拠ると、それは間違っているのです。75年に渡る成人発達に関する研究のディレクターであるウォールディンガーは、真の幸福と満足感に関する無類のデータを基に、この研究結果が私達に教える3つの重要な教訓と、昔からの知恵、幸せな長寿の秘訣を、このトークで語ります。

http://digitalcast.jp/v/23938/

 

 

『私たちを健康に幸福にするのは 良い人間関係』

 

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動画をご覧になられていかがでしたか?

 

スピーチをご覧になられて、どのように感じましたか?

 

富や名声によって、ひとは『幸せ』になれる。

そう思っているひとは、少なくないでしょう。

特に若いうちは、そのように思い込んでしまうひとが多いのではないでしょうか?

 

しかしながら、スピーチを観ていただけると分かるように

長年の追跡調査の結果、富や名声を手に入れても『幸せ』にはなれない。

『幸せ』な人生を送ることはできないという結果になっています。

 

それは、だいたい想像されていたこととは思いますが、

当然のことなのです。

富や名声というものは、

自分自身の承認欲求を満たすものでしかないからです。

 

 

人間であるからには、誰でも

『承認欲求』というものを少なからず抱えているものです。

それを、どの程度自分自身の価値観の中の、

一要素として占めているのかということだと思います。

 

 

自分自身を満たすこと。

自分自身が『幸せ』な人生を手に入れるために、

承認欲求を重要視しながら生きていくと、

富や名声といったものを求めるようになってしまうのです。

 

自分という存在の優越感、自己重要感、特別感

というものを肥大化してしまうようになるのです。

 

 

それは、自己中心的な生き方になってしまう

ということです。

自己中心的な生き方になってしまうから、

自分の価値観を絶対化する方向に偏ってしまうことになるのです。

 

つまり、自分の価値観と異なるものを排除しようとする、

ということになってしまいます。

自分の価値観が絶対的である。

それは、自分の殻に閉じこもる生き方でしかありません。

 

自分の外側の世界とは交わろうとしない。

そういう生き方になってしまうのです。

その結果、支配か依存というかたちをとってしまうことになります。

 

 

自分の価値観の絶対化は、自分の価値観とは異なるものを排除する、

自分の殻に閉じこもった生き方である、と先ほど書きました。

 

この方向性に偏ってしまうと、どういった問題が生じると思いますか?

 

『 TED 』のスピーチの中でも出てきた言葉になりますが、

人間関係が円滑に行えなくなるという問題が生じることになるのです。

 

 

それはなぜでしょうか?

 

 

 

わたしたち人間は、個々で異なる価値観を持っています。

100人いたら、100通りの価値観が存在するということです。

 

つまり、自分の価値観を絶対化してしまうということは、

人間関係において他者と交わったときに、

相手を受け入れることなく、排除するということになってしまうのです。

自分の価値観を絶対化してしまっているがために、

相手の価値観を受け入れるという土壌がない、ということなのです。

 

なので、自分の価値観を一方的に相手に押し付けるのか、

相手の価値観を一方的に押し付けられるのか、という、

どちらかの選択肢しかなくなるのです。

 

 

そのような関係性においては、何も創造されることはないのです。

どちらの価値観が正しいのか?

価値観の押し付け合いにしかならないわけです。

 

 

その結果、先ほども書いたように、支配か依存か。

そのどちらかになってしまうわけです。

 

どちらになっても、お互いに後味の悪い結末にしかなり得ません。

それは、コミュニケーションでも何でもないのです。

 

 

このように、多くの場面で

コミュニケーション不良が起こっているというのが、現実問題なのです。

これでは、とても『良い人間関係』なんて築くことはできないですよね?

 

その結果、スピーチの中で言われていたように

『健康』も『幸福』をも手に入れることもできなくなってしまうのです。

 

 

『良い人間関係』を築くことが、

『健康』や『幸福』を手にするための重要な要素である

ということなのですから。

 

 

 

『良い人間関係』を築くには?

 

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『良い人間関係』を手に入れることが

『健康』や『幸福』を手に入れることである。

そのことは理解できたと思います。

 

 

では、『良い人間関係』とは、どういった状態のことなのか?

そこを明確にする必要があるでしょう。

 

 

『良い人間関係』

それには何が必要なのか?

 

様々な観点から、議論を展開することができると思います。

このブログでは、様々な観点がある中で、

先ほどにも書いたことになりますが、

『自分の価値観』という観点から話を展開してみたいと思います。

 

 

『良い人間関係』というものは、

信頼関係を築くということが重要であると考えます。

信頼関係のないコミュニケーションは、苦痛でしかないですよね?

自分自身を表現できないし、表現したくない。

 

そもそも、相手が自分を受け入れてくれている

ということを感じられない状態で、

自分という存在を開くということなんてできないからです。

 

 

そうなってしまうと、

結局のところ表面的な言葉のやり取りで終わってしまうことになります。

差し支えのない言葉で、創造性が何もない

コミュニケーションで終わってしまうということです。

そういったものは、コミュニケーションではないでしょう。

 

 

自分が相手に受け入られている。

その前提があってはじめて、

相手との “つながり” が生まれると思うのです。

 

“つながり” というのは、言い換えると

『信頼感』だと言えるかもしれません。

受け入れられているという前提があるから、

お互いの価値観を交わらせることができると思うのです。

 

受け入れられているという『空間』や『場』がそこにあるから、

お互いの異なる価値観を交わらせて

“議論” をする『場』を共有できるということになるのです。

 

このように『場』が共有されないことには、

本当の意味でのコミュニケーションは成り立たない。

そのように思うのです。

 

 

さらに言うならば、

こういった、お互いの異なる価値観を交わらせることができる

『場』があってこそ、議論となり得る。

 

その結果、お互いの価値観同士が交わり、

自分の価値観や相手の価値観を超えた、

新たな価値観が生み出されることになる。

 

 

新たな価値観が生み出されるということは、

そこに『創造性』が担保されているということになるわけです。

『創造性』が担保されているからこそ、お互いに信頼関係を築けるし、

積極的に異なる価値観をすり合わせることが可能となるのです。

その『創造性』のある『場』を共有することができるということなのです。

 

 

そして、自分の殻に閉じこもっている状態から抜け出して、

自分の外側の世界へと一歩踏み出すことができるということになるのです。

 

その結果どうなるのかというと、

自分の世界が広がるということになります。

もちろん相手の世界も広がるということも起こるでしょう。

それこそが “化学反応” だと思うのです。

 

 

わたしたちは、自分の外側の世界が怖いがために、

つい自分の殻に閉じこもったり、引きこもったりしがちです。

それは、上にも書きましたが、自分の価値観を絶対化する

ということにつながるのです。

 

 

自分の価値観に引きこもらないというのは、

自分の外側の世界と交わるということです。

それは、自分の価値観とは異なるものと交わるということですよね。

 

自分の価値観と異なるものと交わったときにどうなるのかというと、

自分という存在が “ゆらぐ” ことになるのです。

 

 

人間は、精神不安の状態を嫌います。

特に、自分の中で絶対化しているものが “ゆらぐ” ことになると、

自分の本質、根本部分がゆらいでしまうことになってしまうのです。

それは、大きな精神不安の状態に陥らせてしまうのです。

なるべく、そういった状態に陥ってしまうことは避けたい。

 

それを避けようと思ったら、いくつかの方法があると思いますが、

簡単なことは、自分の価値観と異なるものを排除する

ということです。

 

 

自分の価値観って、体感的にも理解できると思うのですが、

絶対的なものであるという感覚があると思います。

それをゆらがせたくないのです。

 

だから、“ゆらぐ” 前に、排除する。

そういう選択が手っ取り早いから、多くのひとが採用しているのです。

 

 

これを分かりやすい例でいうと

日本は地震大国ですが、普段何気なく過ごしていると、

地面というものは動かない不動のものであるという感覚があると思います。

 

固定概念ですね。

言い換えると、固定概念は何かを絶対化したものであると言えるかもしれません。

不動のものだからこそ、何も特別に意識しなくても足を着いていられますよね。

 

もし、地面が常に揺れ動いているものであり、

その動きが予測不能なものであれば、不安と恐怖でしかない。

そして、足を着こうにも、安心して着けないですよね。

 

もし、無意識に足を前に投げ出して、地面に着こうものなら、

着いた瞬間にカラダが投げ飛ばされてしまうでしょう。

このように、普段絶対的なものとしてあるものが、“ゆらぐ” ことになると、

大きな不安になるし、怖いのです。

 

それは、カラダという物理的なものだけではなく、

精神的なものでも同じことがいえるのです。

 

絶対的なものは、不動なものとして留めておきたい。

人間には、そういった執着する思いがあるから、

絶対化しているものが “ゆらぐ” ことがあってはならない

と思ってしまうのです。

 

 

より、現実的な話をすると

誰かと話をしているときや、誰かが話をしているのを

見ているときに意識してみると分かると思うのですが、

ほとんどのひとは、相手の話を聞くということをしていない

ということです。

 

 

自分の話はするけど、相手の話は聞かない。

 

そういった関係性を見て取れるでしょう。

それは何も特別なことではなく、どこでも頻繁に見かけることなのです。

 

自分の外側の世界と交わることが怖い。

そういったことがあるからです。

誰にでも、あることなのです。

 

だから、自分の殻に閉じこもってしまっているのです。

表面的には、コミュニケーションが成立しているように見えても、

自分の本心で相手と向き合っているコミュニケーションなんてものは、

そう簡単にできることではないということですね。

 

 

自分を開く。

自分が開くから、相手が開く。

このような言葉を聞いたことがあると思います。

 

 

自分を開くことは、そう簡単にはできない。

それは、自分という存在をゆるがせたくないから。

 

自分の価値観と異なる価値観と交わることによって、

自分という存在をゆるがせたくない。

だから、コミュニケーションが成立しないのです。

 

相手を受け入れる土壌がないのですから、交わることができないのです。

一方通行のやり取りにしかならず、それでは双方向の循環が起こらない。

双方向の循環が起こってこそ、

コミュニケーションが成立することになると思うのです。

 

 

ここまでの話を踏まえて、『幸せ』になるために必要なことは何なのか?

それは、自己中心的な発想を捨てるということなのです。

 

世界の中心に自分という存在がいる。

その価値観、思い込みを捨て去ることでしょう。

 

自分を中心に世界が動いていると思わないことです。

そういった発想から抜け出すことができたとき、

相手を受け入れる土壌が生まれます。

そのことにより、自分と異なる価値観と交わることができる

『場』が生まれます。

 

そして、そういった『場』が生まれるということは、

自分自身への信頼感が生まれるということです。

自分自身への信頼感が生まれるから、相手への信頼感が生まれる。

その結果、自分の価値観と異なるものを

交わることができるようになるということです。

 

 

自分自身への信頼感、相手への信頼感、『場』への信頼感。

そういった信頼感が生まれるということにより、

自分の狭い世界、偏った価値観に閉じこもった世界から

抜け出すことが可能となるのです。

 

それは、自分自身が見ている、感じている世界

というものを大きく広げることになります。

自分の殻に閉じこもるということは、

現実世界に生きるということではなく、頭の中で思考した抽象世界に生きている

ということです。

 

つまり、妄想の世界にしか生きていないということです。 

 

 

 

わたしたちは、現実世界に生きています。

脳が発達したことで、思考によってあらゆる世界を創造することが可能です。

それは、自分の都合の良いように創造することが可能だということです。

 

多くのひとは、自分の外側の世界が怖いがために、

自分の殻に閉じこもり、頭の中で考えた抽象世界に

引きこもって生きています。

 

 

それが安全であり、安心であるという思い込みがあるからです。

自分の価値観の中だけで世界を創造しておけば、

自分という存在が “ゆらぐ” ことがないからですね。

 

でもそれは、抽象世界に偏った生き方になってしまうということなのです。

つまり、現実世界は何も変わらないということです。

抽象世界が『実』となり、現実世界が『虚』となる。

 

 

それは、地に足を着けて生きることができないということになります。

その結果、常にフワフワとした生き方になってしまうということです。

地に足を着けることができないで生きていると、

不安や恐れの感情に支配され続けることになります。

そのことを認識する必要があります。

 

 

 

まとめ

 

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自分の殻に閉じこもらない。

自己中心的な発想を持って生きる状態から抜け出すこと。

抽象世界に引きこもらずに、現実世界に地に足を着けて生きること。

自分の外側の世界に一歩踏み出す勇気を持つことが重要なのです。

 

 

現実世界が、あまりにも『虚』になってしまっています。

現実世界を生きること。

それが求められています。

 

地に足を着けて生きることができないと、

フワフワした状態で生きることになってしまいます。

フワフワした状態では、身体的にも、精神的にも

不安定な状態に陥ってしまっているので、

そのような不安定な状態では他者と “つながる” ことはできません。

 

 

自分自身ともつながっていないのに、

他者と “つながる” ことはできない。

自分自身が整わないことには、自分の外側の世界も整わない。

つまり、『調和』することはないのです。

 

 

『幸せ』を手に入れるには、『良い人間関係』が重要である。

そのためには、相手と “つながる” ことが欠かせないってことです。

 

“つながる” ということは、『調和』するということです。

『調和』するためには、

自己中心的な発想から抜け出せないことにはなし得ません。

 

 

あなたは、自分の殻に閉じこもった生き方をしていませんか?

自分の価値観を絶対化する方向で生きていませんか?

自分の外側の世界に一歩踏み出すということは、怖いことです。

 

未知の世界を怖れることで、自分の殻に閉じこもったままだと、

とてもじゃないけど『幸せ』な状態なんて手に入れることはできないのです。

自分の中、抽象世界ではいくら充実していたとしても、

現実世界は何も変化していない。

外側の世界と壁を介して鎖国している状態では、『幸せ』なんて手に入れることはできないのです。

 

 

『良い人間関係』を築くには、その壁というものがあると、

障壁になってしまいますよね?

 

その障壁をどのように取り去ることができるのか?

それには、具体的な方法というものがあるわけではないのです。

 

あなた自身が、どのような壁を、どのような暑さで、高さで築いているのか?

そこをまずは認識することから始めてみてはいかがでしょうか?

 

 

自分の壁を認識することができれば、

その壁を取り去る方法というものが見つかるかもしれません。

放っておいたら、いつの間にか壁が取り去られていた

なんてことはないのですから。

 

自分自身で築き上げたものです。

あなたにしか、その壁を取り去ることはできないのです。

 

壁を取り除くことができた結果、

自分の外側の世界と “つながる” ことができようになるし、

交わることができるようになる。

そして、『良い人間関係』を築くことができるようになる

と思うのです。

 

 

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