あなたの脳はどんどん老化していく。自己観察のすゝめ!

      2017/09/21

こんにちは、ココロとカラダの錬金術師、魚住です。

 

自己観察という言葉を聞いて、どのように感じますか?

 

”わたし”は、日常生活において、自己を観察する

という行為をしているのだろうか?

したことがあるのだろうか?

そこを考えてみて欲しいのです。

 

自己観察という行為をしたことがない。

そういった生き方をしているのであれば、

あらゆる情報に溺れながら、

あらゆる情報に流されながら生きている。

そのように言っても過言ではないでしょう。

 

また、あなた自身の過去の体験によって創り出された

自動反応、自動プログラムによって、自動操縦で生きている。

そのように言っても良いでしょう。

 

今日のブログでは、自己観察ということをテーマに話を進めていきたいと思います。

 

 

自動操縦で生きることをやめよう!

 

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仏教に『止観』という言葉があります。

 

仏教では、瞑想を『止』と『観』の2つに大別する。

止とは、心の動揺をとどめて本源の真理に住することである。

また、観とは、不動の心が叡智のはたらきとなって、物事を真理に即して正しく観察することである。

とWikipediaでは書かれています。

 

 

簡単に言うと、『煩悩を制御してモノゴトを観る』

ということですね。

 

これを行うことで、あなた自身の思考の抽象度が上がるようになります。

多くの場合、モノゴトに対して近視眼的にしか、

モノゴトを捉えることができないがために、

感情に支配され、自分自身を見失うという結果に陥ってしまいます。

 

 

目の前にある刺激によって、過去の記憶情報が呼び起こされ、

その記憶情報と関連する感情が誘発し、

その刺激に対する反応が、自動的に発動されるようになります。

その反応が、先ほどにも書いたように

自動反応や自動プログラムといったものになるのです。

 

 

 

わたしたちは、脳の構造的に効率化を図る特性があります。

そして、過去に経験したこと、特に失敗体験というものを強く記憶していて、

何度も失敗しないように強く記憶として残しているのです。

 

そうやって、失敗しないように学習していくのです。

学習の結果、失敗しないための方法と、

モノゴトを遂行するための効率化を図る。

そういった特性があります。

 

なので、よほど普段の生活で意識しながら生きていない限り、

受動的に、無意識的に生きている。

そういうことになるのです。

わたしたちが、あたかも自らの意識で思考や行動していることも、

それはあくまで、脳の中で導き出されたものを受動的に見させられているだけ、

感じさせられているだけなのです。

 

あたかも、自らの意識で何かを思考し、

行動の選択、判断を行っているという実感は、錯覚です。

このように、自動操縦で生かされている。

そのことを、まずは自分自身で認識することが大事でしょう。

 

その上で、どのように生きていくのか?

そこを考える、自らに問う機会を得られるのです。

 

 

”わたし”という存在には、自由意志というものはない。

そこを認識し、じゃあ、自由意志はないけど

脳のメカニズムを知った上で、どのように生きていくのが良いのかを

考えるということが重要だと思うのです。

 

自由意志はないというのは、脳科学的に言われていることですね。

しかしながら、先ほどにも書いたように、

自分自身が持っている自動反応や自動プログラムというのは、

それを認識することによって、

初めて”拒否”することができるようになります。

 

 

あらゆる刺激に対して、何らかの自動反応、自動プログラムが発動する。

その反応の”起こり”を捉えて、

それを発動するのか、発動させないのか、

そこに意識によって介入することができるようになるのです。

 

そのためには、普段の生活の中で、意識的に生きる、

ということが大事になってくるのです。

つまり、徹底的に自己観察する、ということですね。

 

 

自己観察をして何をするのか、というと

自分自身の中で起こっていることを、

一つ一つ意識に上げていくということです。

そうすれば、感情というものに巻き込まれる、

ということがなくなるでしょう。

 

 

感情に巻き込まれる、というのは、

目の前の刺激に対して近視眼的な距離感でいる、

ということなのです。

刺激に対して、距離感が近すぎるから、簡単に感情的になるし、

思考が感情に乗っ取られて、理性的な判断ができなくなる、

ということなのです。

 

 

刺激に対して、視点を高く見ることができたなら、

冷静に、落ち着いて対処することができるし、

感情的にならずに理性的なモノゴトの判断ができるようになるのです。

そして、何よりも多面的にモノゴトを捉えることができるということですね。

 

なので、価値観や世界が偏ったものの見方にならない、

ということなのです。

 

刺激に対して距離感が近いと、見える世界は狭いし、

限られたものになります。

しかしながら、視点が高いと、周りを観察する余裕が生まれますよね。

そのことで、刺激だけではなく、周りの状態をも観察することができるようになるのです。

 

 

 

脳を活性化しよう!

 

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自己観察を徹底的に行う。

そのメリットは、脳を活性化する、ということでしょう。

 

カラダの状態という物理的なものと、

脳の中、つまり情報空間とをつなげる働きがあるのです。

物理空間と情報空間とをつなげるってことですね。

 

このようなプロセスは、

脳を活性化するために、とても効果的な方法なのです。

つまり、どんどん自己観察を行うことで、

脳が活性化するわけですから、脳の若返りが

図れるということになるのです。

 

 

じゃあ、逆に言うと脳が老化するというのは、

どういうことなのでしょうか?

 

それは、脳を使わなくなっていくことです。

つまり、考えることをしなくなる、ということですね。

 

 

先ほどにも書いたように、

人間という生き物は効率化を図る生き物であり、

省エネで生きようとする生き物です。

なので、過去の経験から、あらゆる思考や行動を

効率化するようになります。

 

そして、その結果、あらゆる刺激に対しての反応やプログラム

というものが出来上がっていくのです。

そうやって、自ら思考しなくても自動操縦で生きられるようになる。

 

 

自動操縦で生きれば生きるほど、考えることがなくなり、

脳が使われなくなっていく。

そのような問題構造があるのです。

 

 

特に現代社会は、超情報化社会と呼ばれるほど、

あらゆる情報で溢れています。

その結果、自ら考えることをしなくても、

ちょっと調べるだけで、簡単に欲しい情報を手に入れることができるのです。

 

勉強も、仕事も、あまり考えることってあってないようなものです。

そうしたあらゆることっていうのは、

マニュアルと呼ばれるものや”答え”というものがあって、

それ通りにやればいい。

そういった風潮があります。

 

いくら創造性を発揮しろ、とか

もっとアイデアを出せ、とか言われても

その通りに実行すれば、問題になってしまうのです。

 

 

なぜでしょうか?

 

 

それは、イエスマンだったり、マニュアル通りにこなす人間の方が、

社会にとっては都合が良いからです。

言われた通りに動く人間であればあるほど、

コントロールしやすい、統制しやすい組織になります。

 

もし、リーダーの言うことを聞かない人間ばかりだとしたら、

組織としては、かなり問題になりますよね?

個々が向かう方向性が、バラバラで、まとまりがない。

そんな状態だと、組織としては成り立たなくなってしまいます。

 

組織だけではなく、社会も同じです。

統制しやすいように、コントロールしやすいように、操作されている。

そういった側面があるのです。

 

 

じゃあ、どのようなもので操作されているのかというと、

『情報』です。

 

 

情報によって、操作されている。

そこを認識しない限り、いつまで経っても

情報に操作され続けて生きることになるでしょう。

 

情報に操作されながら生かされている。

そのことを知ったとしても、完全に情報を断つ

ということはできません。

どのように情報を、あなた自身が取り入れるのか、

ということが大事になってくるのです。

 

 

情報によって操作されている。

そのことを認識した上で、どういった情報を入れるのか、

誰からの情報を入れるのか、が大事なんじゃないでしょうか?

 

あなた自身が信頼出来るひとからの情報は、

受け入れてもいいとは思いますが、何でもかんでも、

そこら中の情報を鵜呑みにしていると、

どんどん自分自身というものを見失っていきます。

情報に流されてしまう、ということです。

 

 

そういった意味でも、普段の生活の中で、

徹底的に自己観察を行う。

それが大事になってくるでしょう。

 

あなた自身が何を感じているのか?

何を考えているのか?

どういう感情を持っているのか?

カラダのどこが、どのように反応しているのか?

 

そういったことを、一つ一つ意識に上げていき、

自分という存在を観察してみるのです。

そのことによって、自分自身というものを

客観的に捉えることができるようになるでしょう。

 

 

そういう状態になったとき

これまでは見えてこなかった”わたし”であったり、

新たな世界というものが観えるようになるはずです。

 

 

世界の見方や、価値観というのは、結局のところ、

あなた自身がどのように捉えるのか、次第なのです。

だから、あなた自身の捉え方を変えるためには、

徹底した自己観察の結果生み出される純粋なフィルターを手に入れることでしょう。

 

本来の純粋な状態のフィルターを通して、自分自身を観察する。

その結果、新たな世界というものが観えるようになるはずです。

 

 

 

まとめ

 

わたし自身も、よく口に出して言ってしまっていることですが、

『1日って、あっという間やなぁ』とか

『一年って、あっという間やなぁ』って言葉です。 

 

あなたは、そういった言葉を発した経験はないでしょうか?

わたし自身の体感的にも、高校生のときは、

あれほど時間というものが早く過ぎ去って欲しいと願っていたのに、

”いま”となっては、どんどん過ぎ去っていく時間が、

とても惜しいものになっています。

 

 

実際には、時間の流れというものは変化していないのに

なぜか、体感的な時間の流れというのものは、

年を重ねるごとに早くなっていると感じてしまっているのです。 

 

これは、お年を召した方に聞いても、

同じように感じていらっしゃる方が、ほとんどです。 

 

 

これは、どういうことなのかというと、

時間の流れというものは変化してはいません。

当たり前ですよね?

 

じゃあ、何が変化してしまったのかというと

年を重ねるごとに、モノゴトを細かく認識することが

できなくなっている、ということなのです。

 

年を取っても、時間がとてもスローに流れて、

時間が止まったかのような感覚に陥るときってあります。

 

 

わたし自身の例で言うと、車を運転していて、

危うく事故になりそうになったときに、とてもスローに

時間が流れているかのような感覚になります。

そういった経験を何度かしたことがあります。

 

それっていうのは、自分自身の意識がモノゴトを、

とても細かく認識しているから

時間の流れというものが、とても長く感じる、

ということなのです。

 

 

つまり、年を重ねるごとに、あらゆることを効率化した結果、

モノゴトの認識が雑になっている。

細かく認識することなく、情報として受け取ることなく

排除している、ということなのです。

 

より受動的に、無意識的に生きている、ということが言えるでしょう。

 

このように、年を重ねるごとに思考しなくなる。

思考しているつもりでも、脳は使われていない。

そのような状態になっているのです。

だから、時間の捉え方が大雑把になってしまうことで、

早く感じるのです。 

 

脳は使わなければ、どんどん脳の機能としては低下していきます。

しかしながら、使っていけば、どんどん活性化していくし、

新たなネットワークを構築するようになる。

 

そういった可塑性というものが、脳にはあるのです。

だから、自分自身の成長や進化を望むなら、徹底的に脳を使い倒してみる。

そういった意識が必要でしょう。 

 

 

いくつになっても成長・進化していける。

そして、自分自身の可能性や能力を開花することができるものなのです。

 

あなた自身の成長や進化に、コミットしませんか?

誰よりも、あなた自身の可能性や能力というものを、

見たいはずだし、感じたいはずです。

 

 

脳を、もっと使い倒し、脳の機能性を高めていきましょう!

そうすれば、あなた自身の可能性や能力が花開くようになるのですから。

使わなければ、どんどん老化していくだけです。

 

そういう生き方をしたいですか?

選択肢は、あなた自身に委ねられているのです。 

 

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